原田香織 『狂言を継ぐ 山本東次郎家の教え』 [Books]
- 作者: 原田 香織
- 出版社/メーカー: 三省堂
- 発売日: 2010/05/26
- メディア: 単行本
大蔵流狂言方、山本東次郎師のインタビューを中心に、狂言という「芸」を継ぐこと、そして山本東次郎家という「家」を継ぐということについてまとめられています。
初代から現在まで4代にわたる山本東次郎家の歴史、そして杉並能楽堂の歴史を肌で感じることのできる、得がたい記録です。
特に、当代の東次郎師ご自身がどのようなお稽古を受けられたのか、きちんと読むのは初めて。どのように「山本家の狂言」という芸を継いできたのか、その半生が浮かび上がります。
それはまさに、壮絶。戦時中、空襲で爆音が鳴り響き、地面が揺れる中でも続けられたお稽古。鼻血を出しながらも止められなかったお稽古…。「装束は真心をこめて扱わなくてはいけない。袴一枚たたむのも、全身全霊でたため」との厳しく戒められたこと…息を呑むような、壮絶な時の繰り返しだったことが想像されます。
東次郎師のお父様・三世山本東次郎は、二世とは血縁がありません。内弟子として入門し、その実力と器を認められて、三世を継ぎました。ですから三世は、その分だけ「山本家の狂言」を教え受け継いでいかなくては、という責任感を強く意識していたのでしょう。
それほどまでに厳しい稽古で、精神的に抑圧されておかしくなったりしないものなのか、という筆者の問いに、東次郎師はこうお答えになります。
父は大変なスパルタ教育です。でもいじめのような陰湿さはない。信念と愛情がありますでしょ。それで精神がおかしくなるということはない。そんなひ弱なものではないし、こちらも甘い気持ちで臨んでいません。それはやっぱり伝えたいという父の一徹さが身に迫り、受け取る側にもそれが乗り移って、まさに真剣勝負だからです。こうしたことが出来たのも舞台を家のなかに持っていたからでしょう。
(中略)やっぱりこの舞台というものが大事なんです。そこで育った僕らは、ときに悩みはするけれど、この舞台のあたたかさに救われて、おかしくなるということはありません。
(73~74ページ)
少々、愚問ともとれる質問ですが、きっちりとお答えになる東次郎師の言葉に、すとんと胸に落ちました。
「しつけ」と称した子どもへの行き過ぎた行為が問題となり、むしろ友達に近い感覚しかないように見える親子の姿に首をかしげることも少なくない現代。親子の関係というのは、理不尽に厳しいものではなく、過剰に馴れ馴れしいものでもなく、伝える側にも受け取る側にも真摯な姿勢があって初めて意義があり、成立するものなのですね。
そして、何かひとつでも「居場所」をつくり、その存在を認めてあげること。東次郎師にとって能舞台、そして蝶がそうであったように、「自分にはこれがある」と強く感じさせてくれるもの。そういったぶれない「何か」を持つことの大切さ、持たせてやることの責任。「親」と「子」は、どんな時でも真剣に向き合うことが一番なのでしょうね…。
質実剛健とされる山本家の中でも、春風のような柔らかさとある種の自由な空気感で私たちを魅了する東次郎師。それは、気が遠くなるほど無数に繰り返された稽古の中で、徹底的に科白と身体の動きをたたき込まれたからこそにじみ出るものなのだと感じました。
「芸を継ぐ」ということはもちろん、「親と子」の関係についても深く考えさせられる1冊です。
狂言の演目や、狂言の歴史についての解説は、『中・高生のための狂言入門』にわかりやすく、深く掘り下げられていますので、こちらをオススメします。
中・高校生のための狂言入門 (平凡社ライブラリー―offシリーズ (530))
- 作者: 山本 東次郎
- 出版社/メーカー: 平凡社
- 発売日: 2005/02
- メディア: 新書
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