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岩﨑夏海 『もし高校野球のマネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら』 [Books]

もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら

もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら

  • 作者: 岩崎 夏海
  • 出版社/メーカー: ダイヤモンド社
  • 発売日: 2009/12/04
  • メディア: 単行本


 

元放送作家で、AKB48のプロデュースにも携わった経歴を持つ作家によって書かれた異色の小説。

都立程久保高校(程高)に通う川島みなみは、ふとしたきっかけから「野球部を甲子園へ連れていく」という目標を立て、マネージャーとして入部します。その目標を達成するため、「マネージャー」として必要なスキルを学べる本を探したところ、見つけたのがドラッカーの著書、『マネジメント』。みなみはこの本を基本に、親友で同じくマネージャーの夕紀とともに、甲子園を目指すための「マネジメント」に着手します…。

全体的には学園小説のノリで、要所要所にドラッカー『マネジメント』からの文章が引用され、その文章に従ってみなみや夕紀、監督の加地が野球部の力を伸ばすために色々なアイデアを創出し、野球部をけん引していく様子が描かれていきます。

青春小説らしく、爽やかで感動的な場面もあります。マネジメントの成果が野球部だけでなく、程高全体に広がり始めた夏の甲子園予選でエースピッチャーの浅野くんがピンチを迎えた時に、観客席の応援団が浅野くんの好きな歌をアカペラで大合唱して彼を力づける場面は、思わずウルウル。こんな応援を受けたら、誰でもきっと、パワーが湧きあがりますよね。

『マネジメント』が企業だけではなく、高校の部活動というレベルのように社会に存在するあらゆる規模・レベルの「組織」の指針となりうることを教えてくれる一冊。

ただ、個人的な感想としては、スポーツや芸術などの世界においては、「経験則」というのもその組織の強化につながる要素になりうると思うんですよね。『マネジメント』で提案されている「理論」と、長年の経験と智恵によって積み重ねられた「経験」、この両方の要素が上手く融合されて活用されていくような展開になれば、もっと説得力のある小説になったのではないかと思います。

みなみちゃんが読んだのは、コチラ。
マネジメント - 基本と原則  [エッセンシャル版]

マネジメント - 基本と原則 [エッセンシャル版]

  • 作者: P・F. ドラッカー
  • 出版社/メーカー: ダイヤモンド社
  • 発売日: 2001/12/14
  • メディア: 単行本

本城直季 『TREASURE BOX』 [Books]

TREASURE BOX

TREASURE BOX

  • 作者: 本城 直季
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2010/06/09
  • メディア: 単行本

カンゲキが大好きな理由のひとつに、「劇場」という「空間」がとてつもなく好きだから、というのがあります。

大きな密室状態の中で生み出される、演者と観客による、一期一会の真剣勝負。その場に居合わせた者同士にしかわからない、濃密な舞台の感動と、それに心揺さぶられる観客の熱気…そういう瞬間に居合わせた時、目撃した時。劇場の片隅で、そのたまらない瞬間を分かち合えた喜びで心が震え、幸せに満たされるのです。

これは、写真家・本城直季氏による宝塚歌劇の舞台写真集。撮影は東京宝塚劇場。

本城さんは、被写体をまるでミニチュアモデルのように見せる撮影手法で知られている写真家なのだそうです。この写真集でもその手法を使い、まるで歌劇の舞台が「宝石箱」のように浮かび上がります。宝塚の劇場で言えば、B席のてっぺんから舞台を見下ろしているような感覚でしょうか。

ファンであれば、だいたいどの公演の写真なのか予想がつくと思いますし、最終ページに撮影した公演名も紹介されています。でも、その場面に写っている生徒さんは、顔がぼんやりとしていて判別がつかないほど。それだけ徹底的に舞台を俯瞰した状態で撮影しているのです。

かえってそれが、宝塚歌劇という「舞台」が持つ大きさを実体として感じことができます。特に芝居で、トップコンビ2人だけのシーンなどは、その背後に広がる広大な空間に、あらためて「宝塚の劇場」の巨大さを実感させられますし、レビューのシーンでの群舞では、舞台全体に美しく広がるスターたちの波に感動を覚えます。

完璧に作られた宝塚の舞台は、いつシャッターを切っても「決定的瞬間」を捉えている。(本書“撮影ノート”より)

息詰まるような芝居のワンシーン、スターがスポットライトを浴びた瞬間、娘役のドレスのすそが翻る瞬間、中詰が最高潮を迎えた瞬間…宝塚歌劇のファンであればいつも体験している感動の瞬間を、まるで宝石箱を覗き込むかのように見るのは、不思議な感覚です。

それは、本城さんご自身も撮影を通してそう実感されたようです。

観客席から見る舞台はまるでドールハウスを覗き込んだような世界で、踊っている姿はきらきらと光る宝石箱の中のオルゴール人形を見ているようである。(同上)

本城さんの写真は本当に不思議で、ページを繰っているうちにこれは宝塚の舞台そっくりに作られた舞台模型で、舞台の上にいるのは精巧に作られたミニチュアドールなのでは?という錯覚を覚えるほど。でも変わらずにページを繰っていくと、写真に満ちている「気」で、やっぱりこれはたった1度しかない舞台の、たった1度の瞬間をとらえた写真だと確信します。

宝塚という舞台は唯一無二の世界だと、しみじみと実感させてくれる素敵な写真集です。

★撮影された公演★
花組:『太王四神記』、『外伝ベルサイユのばら-アンドレ編-』『EXCITER!!』

月組:『ラストプレイ』、『Heat on Beat!』

雪組:『風の錦絵』、『ZORRO 仮面のメサイア』、『ロシアン・ブルー』、『RIO DE BRAVO!!』、『Carnevale 睡夢』

星組:『My dear New Orleans』、『ア ビヤント』、『太王四神記 Ver.Ⅱ』

宙組:『薔薇に降る雨』、『Amour それは…』


貴志祐介 『青の炎』 [Books]

青の炎 (角川文庫)

青の炎 (角川文庫)

  • 作者: 貴志 祐介
  • 出版社/メーカー: 角川書店
  • 発売日: 2002/10
  • メディア: 文庫
発見!角川文庫2010」(外部リンク※カワイイ音が出ます♪)の対象作品の1冊にもなっているこの本。嵐の二宮和也と松浦亜弥の主演、蜷川幸雄の演出で2003年に映画化された小説です。(最近、そんなチョイスが多いですね>苦笑)

実はワタシ…。本屋さんで、最後の20ページだけを先に読んでしまったんですよ(笑)。いっちばん良いところを、先に読んでしまったんですよ!

とある本屋さんの店頭で、この作品が平積みされているの発見したワタシ。「あ、これニノくんが出てた映画の原作だよね~」と手にとってペラペラと見ていたところ、ラスト20ページのところで思わず手が止まってしまいました。あまりにも真っ直ぐ過ぎて哀しい展開に、「このままいったら結末を読んでしまう~!ダメだ、ダメだ」と思いながらも、ひとつひとつの文章から、言葉から目が離せなくなって…読み切ってしまいました。

結末を読んでしまった後は、人目をはばからず嗚咽(恥)。「このラストは、何度も読みたい!」と思って、購入することにしました。

その気持ちの通り、読書中はきりの良いところまでひと段落つけると、ラストへワープして読み直すということを繰り返していました。(←のめりこみやすいタイプ)

この小説は、「倒叙推理小説」と呼ばれる手法を使っています。

たいていの推理小説は、まず事件が起きる→捜査が始まる→犯人が浮上する→動機と犯罪の手口が明らかになる→結末、という流れで進みますよね。これに対して「倒叙推理小説」は、最初から読者には犯人がわかっているところが特徴です。

まず犯人が登場する→ある人物に殺意を持つ→犯罪の手法を考える→実行する(犯罪を起こす)、と。もちろん、完全犯罪が成立することはありませんから、ここからいかに犯罪の手法に綻びが見つかるか、そしてどのように犯人が追い詰められていくのかも描かれていきます。

この物語の主人公=犯罪者は、櫛森秀一という17歳の少年
。鵠沼に住み、鎌倉の高校に通う、運動神経抜群、学力も成績トップの秀才です。

母と妹3人で平和に暮らしていた櫛森家に、ある日、母の元の再婚相手であった曾根が突然居座ります。酒乱でギャンブル狂いの曾根の傍若無人な振る舞いに、秀一は怒りと苛立ちを募らせていきます。そしてある出来事をきっかけに、秀一はついに、自分の手で曾根を殺害することを決意します。完全犯罪は成功したかに見えましたが、思いもよらぬところからその計画は破たんを見せ始めます……。

作品をきちんと読んでみると、ここまで頭脳的で計画的で行動力のある高校生って、そういるかなぁとか、「母と妹、そして平和な3人での生活を守るために」殺害を計画するとは言え、深層心理的には、自らの頭脳と力がどこまで社会に通用するのかを試してみたかったのではないかな、とか色々と思うところは出てきます。

けれど、この作品の真骨頂は、秀一が曾根殺害に成功したときから始まります。警察による追及だけではなく、「人を殺めた」という事実に秀一自身がえたいの知れない闇にさいなまれ、追い詰められていく様子は痛々しくて、彼が犯罪者でありながら思わず感情移入してしまいます。

この小説のもっとも(文芸作品として)楽しいところは、秀一が殺害計画を立てて行動する場面と、彼が日常生活の大半を送っている高校や同級生との時間を過ごす場面のカラーの切り替えが、とても鮮やかなところ。

前者の場面では、タイトル通り青白い炎が背後にゆらめくような、不気味で仄暗い空気が行間から漂います。しかし、秀一の高校生活を描く後者の場面では、カラリと晴れ上がった青空のような爽やかさ。その部分だけ拾い読みしていくと、青春小説のようにしか思えません。

特に、同級生の福原紀子と秀一のやり取りは、本当にイマドキの高校生男女のように、ライトでピュアで、清々しい空気感にあふれています。(秀一が犯罪の為に紀子の気持ちを利用したことで、その空気感は悲しく澱んでいくのですが…)

また、高校での国語の授業の題材という設定で、梶井基次郎の『檸檬』、中島敦の『山月記』、夏目漱石の『こころ』などがさりげなく文中に織り込まれているのですが、これが物語の展開と秀一のその時の心情とも重なっていき、思わずうなってしまいます。特に『山月記』の引用は、お見事だと感じました。

物語のラスト。秀一が紀子に「お別れ」を言うシーンは、読みたびに涙があふれそうになって困りました(少なくとも私は)。

本当の思いに気付いたのに、本当の思いを伝えたいのに、もう伝えることすらできない状況。そんなギリギリのところでお互いに自制しながら、淡々と言葉を重ねていく2人。短い言葉の中に、思いが詰まっていて……。それが、高校生らしいぎこちなさと真摯さ、ひたむきさにあふれていて……。会話のひとつひとつを読むたびに、胸がギュッと掴まれるようでした。

読むのが辛いのに、何度も読み返したくなる…そんなラスト20ページ
です。

石田衣良 『目覚めよと彼の呼ぶ声がする』 [Books]

目覚めよと彼の呼ぶ声がする (文春文庫)

目覚めよと彼の呼ぶ声がする (文春文庫)

  • 作者: 石田 衣良
  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 2010/03
  • メディア: 文庫

最近、カンゲキ(観劇)レポがまったくなくてすみません[あせあせ(飛び散る汗)]5~6月は毎週どこかに旅している状況でしたので、休日は体力温存(&荷物整理)のため若干ひきこもり状態になってしまい、ほとんど外出することがなかったという(それもどうだろう…)。

その代わりと言ってはなんですが、旅のお供に本をお供にしています。長編小説は続きが気になってしまうので、旅の合間に読むのは読み切りのエッセイ集や短編集ばかりなのですが。夏休みは大長編にトライしようかなっ。(言ってみただけ)

さて、前置きが長くなりますが、今回ご紹介するのは石田衣良によるエッセイ集。『空は、今日も、青いか?』に続いて読んでみました。(その時のレビューは、
コチラ

『空は~』と重複するコラムもいくつかありますが、今回は2000年から2005年にan・anや朝日新聞や文芸誌に掲載された文章を、「Love & Passion」「My Favorite」「My Hometown」「That is Life」「Colum」「Culture & Entertainment」と6つの
章に区分されてまとめてあります。巻末には、「もう、不景気のせいにするのはやめよう!」と題した語り下ろしインタビューも掲載されています。

『空は~』は、時事問題や社会現象を軽やかに切り込む一方、明日や将来について悩む若者世代への肩ひじ張らないエール集、といった印象でした。

対する『目覚めよと~』は、そういった時事への切り込みはもちろんありますが、著者自身がその世代であった頃、何について考え、模索し、どう行動を起こしていったのかということにも主眼が置かれているように思います。表紙と巻頭に著者のグラビアが掲載されているので、よけいにそんな風に感じてしまうのかも。特に「My Hometown」は、著者自身の半生記といった感じ。

個人的には、『空は~』の方が共感できる文章が多かったかなぁ。でも、すごく共感できる意見や考えというのはいくつも見つけることができます。03年~04年に朝日新聞での連載された「ゼロサン時評」(本書では「Colum」の章に掲載)では、限られた時数の中で、当時の社会現象や事件の本質を鮮やかに突いて問題提起をしたり、著者自身の周りの日常を軽やかに切り取っていて、そういった軽やかさ、自在さというのはさすが。

著者自身の半生記っぽい空気もある、と先ほど書きましたが、少年時代から本の魅力に取りつかれ、学生時代もフリーター時代も夢中になって本を読んでいたとか。その流れで、本や読書に関するコラムも数多く収録されています。

なるほど~、と深くうなずいたのが、以下の文章。

受験技術はは生きるうえで、実はさして役に立たないけれど、本を読む習慣はものすごく役に立つ。(中略)大学教育というのは、結局本をしっかり読めるようになるのが最終目的である。言葉の力と情報収集の基礎を強くするには、それが最良の方法だからだ。(中略)新しいアイディアや企画を考えだし、それを説得力をもって他人に示し、その製品やサービスを広く世の中に広めていく。仕事のどの過程でも、言葉と情報の力が欠かせないのだ。」
(「読む力は、生きる力」2004年『リクルート進学ブック』掲載)

そういえば、これまでの人生でいちばん頭が冴えていたなぁ、と思うのは高校生の時なのですが、その時期は本当に色々な文章を読みまくっていました。ちなみに、当時読んだ本の中でいちばん心に残っているのは、「たけくらべ」です。
(若干どうでもいい情報)

当時の受験勉強も、とにかく「読む」のが中心。国語や古文や英語は長文問題ばかり解いて、その中で単語や慣用句の遣い方を覚えていった記憶があります。そんな昔のことを思い出しつつ、デジタル画面ではなく、ちゃんと紙に印刷された活字を目で追うという作業は、本当に大切なんだなぁ…と実感しました。

お話がだいぶそれてしまいましたが…本書のテーマは、やっぱり「自分であること」をどう見つけていくべきか、ということかな。タイトルの「彼」というのは、誰もが内面に抱えているであろう「自分」。

膨大な情報量と変化し続けるスピードに埋もれ、流されそうになる中で、どうやって「自分」らしくいられるのか。そのヒントを、自身の体験を踏まえて示唆している一冊ですね。


夏川草介 『神様のカルテ』 [Books]

神様のカルテ

神様のカルテ

  • 作者: 夏川 草介
  • 出版社/メーカー: 小学館
  • 発売日: 2009/08/27
  • メディア: 単行本

地域医療に従事する現役のお医者さんによって書かれた小説で、2010年本屋大賞第2位。来年、嵐の櫻井翔くんと宮﨑あおいちゃんで映画化が決定しています。

主人公は、信州の地方都市にある一般病院・本庄病院で内科医として働く栗原一止(くりはらいちと・イチ。夏目漱石を心から敬愛)。新妻で山岳写真家の榛名(ハル)、戦場のような日々をエネルギッシュに駆け抜ける同僚の医師と看護師、一止夫婦が住む「御嶽荘」の個性的な面々、そして、一止が担当する患者たち…。

彼らの間に紡がれる、柔らかくて確かな心の交流が、素朴な日々の流れの中で描かれていきます。

「24時間、365日」の看板を掲げて、その地域一帯の病院では唯一救急外来を受け付けている本庄病院。毎夜、あらゆる症状の急患が運ばれてきます。

一止は医師や看護師たちとともに、一晩中診察と治療に明け暮れ、それが終われば眠る間もなく外来診察と回診をこなし、担当している40人の入院患者たちの声に耳を傾ける……。

めまぐるしく、それでいて改善しない地域医療の現状に悩みや疑問の尽きず、けれども目の前で起こることに向き合うだけで精一杯の毎日。そんな一止に、上司や同僚は大学病院へ行くことを勧めますが…。

非常に緊迫感のある場面ばかりなのですが、そういった場面は、血圧や脈拍数の確認や処置方法が淡々と書き綴られていて、まるで「ER」のように興奮を与えるようには描かれていません。むしろそうすることによって、その状況がこの小説の舞台である「病院」の「日常」なのだということが伝わってきます。

温かな自然な眼差しで「生」と「死」を見つめる物語です。人としてどう生きていきたいのか、そしてどう死にのぞむのか……。誰もが必ず向き合わなくてはいけない問いを、静かに優しく私たちに語りかけてきます。

この小説最大の魅力は、何と言ってもハルの存在感。彼女が登場する場面は、本当に、春の柔らかい光がパッと射すような温かさに満ち溢れています。こんな女性になれたら良いなぁ、と素直に憧れてしまいます。

医療をテーマにしたお話だけに、問題の本質はとても重いもの。その重さを払拭し、一止を励まし、読者に光を投げかけてくるのが、ハルという女性なのです。

私が好きなのは、小説の中でハルが最初に登場する場面。ラスト3行に、ハルという女性の魅力が端的に表現されていると思います。

(以下、引用)

「おかえり、ハル!」
振り返った細君が、少し驚いたような顔をしてから、すぐに幸せそうに微笑んだ。
暗い路地のそこだけが、春の陽が差したように明るんだ。

(引用終わり)


透明感のあるたたずまい、無垢な笑顔……。宮﨑あおいちゃんはハルのイメージにピッタリ。映画化が待ち遠しくなってしまいました。

翔さんも、一止のイメージにしっくりくるかも。すんごく嬉しくてもなかなか表情に出そうとしない意地っ張りなところとか、威厳を示すつもりが、若干ヘタレ気味な一面を見せてしまうとことか(笑)。

生きている、という幸福を、しみじみ噛みしめることのできる1冊。読み終わった後、何とも言えない温もりにじんわりと心が包まれるような気持ちになります。


中本千晶 『宝塚(ヅカ)読本』 [Books]

宝塚(ヅカ)読本 (文春文庫)

宝塚(ヅカ)読本 (文春文庫)

  • 作者: 中本 千晶
  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 2009/09/04
  • メディア: 文庫
出張中に立ち寄った本屋さんでふと目に留まったこの1冊。帰りの電車の中でさっくり読み終えてしまいました。

だってこれ、ヅカファンとして至極当たり前のことが書かれているんですもの(笑)。

この本を書かれた中本さんは純粋な宝塚ファンからスタートし、自らファンサイトを立ち上げた方なので、ある意味「正統派ヅカファン」としての目線で「宝塚」という世界を知ることができます。

本書は、まず「宝塚のオキテ」と題する第1章で、宝塚歌劇の基本知識(例:女性は絶対に主役にならない、死に際に髪がほどける、etc...)を紹介。その後は、世間一般が宝塚、そして宝塚ファンに対して抱いているであろう質問(その数、40問!)に、中本さんが答えるQ&A形式で進められていきます。

その質問も、(おそらく)世間の人が宝塚に対して1度は抱いたことがあるであろう疑問の数々。そして歌劇ファンからしてみれば1度は聞かれたことがある、もしくは「ヅカファンだと知られたら、必ず聞かれるだろうなぁ…」と思えるような質問ばかり。この40問とその答えをすべて読んだら、宝塚とヅカファンについてのすべてがわかる!?

「宝塚を観たいのですが、どうしたらいいのですか」という初歩的な質問から、「トップスターになれるヒトの条件とはなんですか?」という若干核心をついた質問、ヅカファンであれば必ず1度は聞かれたことがあるであろう、「どうして女性が女性を好きになれるのでしょう?」や「レズビアンが多いというのが本当ですか?」という野暮な質問、そして「同じ公演を何度も観に行く妻の行動が、自分には理解できません」という半ば人生相談的な疑問まで網羅されています。

もうね、これから歌劇やヅカファンに関する質問を受けたら、「これ読んでみて」と言ってまるっと渡しちゃうかも(笑)。それくらい、ありとあらゆる歌劇(ファン)に対する疑問に、鮮やかな答えを出してくれています。

終章では、ビジネスとして宝塚歌劇が抱える課題や現状を整理し、ファン寄りの視点から提言しており、単なるヅカ指南書にとどまっていないのも良いですね。

そして、本書にはひとつお楽しみがありまして、なんとパラパラ漫画が載っているんですよ~。それが、きちんとショーのある一場面の流れを描いたもの。読了後、ペラペラとめくってみたら、ひどく愉快で楽しい気分になりました。

物語や演出に容赦なく突っ込もうが、スターについて熱く議論を交わそうが、「カッコ良ければすべてよし」で全てを納得させるヅカファン。…限りなく親近感がわきます(笑)。拙カンゲキレポでも、あーだこーだと文句を書きなぐったあげくに、「ま、カッコ良いからいっか☆」で締めくくってばかりですものね(笑)。

ある意味日本人の伝統的感覚を貫く、愛すべきヅカファンについて理解を深めたい方、そして自分のヅカファン度をあらためて実感したい方も(笑)、ぜひぜひお読みになることをオススメします♪

石田衣良 『美丘』 [Books]

美丘 (角川文庫)

美丘 (角川文庫)

  • 作者: 石田 衣良
  • 出版社/メーカー: 角川グループパブリッシング
  • 発売日: 2009/02/25
  • メディア: 文庫


羽田空港の本屋さんで偶然目にとまり、購入。出張中の3日間で読み切るつもりが、たった1晩で一気に読み終えてしまいました。なんとも切ないラブストーリー。

大学3年生の太一は、ふとしたきっかけで奔放な女子学生、美丘(ミオカ)と出会います。惹かれあう二人ですが、実は美丘は特効薬も治療法もない不治の病を抱えていました。限りある時間を2人は懸命に生きようとしますが、無情にも「その時」がやってきます……。

***

石田衣良の小説は、設定や役柄が結構パターン化されているので、ドラマのノベライズを見ているような感じになります。そうとわかってはいても、ついつい読み進めてしまうだけの引力が、この作品にはありました。

「美丘」と太一が彼女の名前を呼びかけ、2人の日々を回想するスタイルで物語は進んでいきます。

前半は美丘と太一、そして太一と付き合うことになった麻理との危うい三角関係の行方、そして後半は、病気を発症しても「自分らしく生きたい」と訴える美丘と、それを必死で支えようとする太一の姿を中心に描かれていきます。

前半では、若い男女らしい修羅場や恋が進行していく様子もきちんと描かれていて、リアリティがあります。そして後半では、命を削りながらも自分らしくありたいと願う美丘と、彼女を懸命に見守り、支える太一の姿が健気で切なくて、愛しくて……胸が詰まります。

彼らが過ごす大学生活も生き生きと描写されています。

おそらく、一生でいちばん自由と時間のある大学時代。でも、自分自身が何をしたいのかまだ見極めることはできなくて、みんなどこか、心の片隅に不安を抱えている。それゆえに友情や恋など、人とのつながりを常に求めようとする世代。そういう世代の心のありようを、たわいのない学生生活を描写しながら巧みに浮き彫りにしていくのは流石です。むしろ、そんな時期だったからこそ、太一と美丘はひたすらに共に生きる時間を燃焼させることができたのかもしれません。

人を愛し抜くということは時として大きな犠牲を必要をしますが、それ以上に大きなものを与え、残してくれるのだ、と素直に感じることができる1冊でした。

ちなみに、今日から日テレ系列でドラマ化されます(公式サイトはコチラ)。そうか、「嵐にしやがれ」の前なのか……。これは、思わず見てしまうかも……。


中川右介 『坂東玉三郎-歌舞伎座立女形への道』 [Books]

坂東玉三郎―歌舞伎座立女形(たておやま)への道 (幻冬舎新書)

坂東玉三郎―歌舞伎座立女形(たておやま)への道 (幻冬舎新書)

  • 作者: 中川 右介
  • 出版社/メーカー: 幻冬舎
  • 発売日: 2010/05
  • メディア: 新書




新しく生まれ変わるために、今年4月の興行で約50年の歴史に幕を下ろした歌舞伎座。その最後の演目『助六』で揚巻を演じ、名実ともにあの歌舞伎座最後の立女形としての務めを果たしたのは、坂東玉三郎丈でした。

生粋の梨園の御曹司ではなく、芸養子から歌舞伎の道に入った一人の役者が、今や誰もが認める立女方として頂点に輝く……。それを著者は「未曾有の奇跡」と言います。何が「奇跡」なのか。そしてその「奇跡」はいかにして導かれたのか……。

膨大な文献と資料を比較対照するという作業から事実を掘り下げていくという新しいスタイルで、芸術文化のヴェールの向こうを垣間見せる中川右介の新刊です。彼の前著『十一代目團十郎と六代目歌右衛門』と合わせて読むと、かなり読み応えがあります。(レビューは
コチラ

歌舞伎を本格的に観る前、私にとって玉三郎丈に対する印象は「映画の人」。『外科室』や『天守物語』などの映画が公開された頃で、歌舞伎役者でありながら映画の世界でも活躍する人、というイメージでした。

この本を読むと、当時の玉三郎丈を取り巻く状況、そして歌舞伎座の状況が記載されており、玉三郎が歌舞伎以外の道を開拓せざるをえなかった背景が浮き彫りになり、納得できます。名門の御曹司ではない彼が、どのように歌舞伎界においてスターダムを駆けあがっていったのか……それは想像もできないくらい厳しく孤独な道のりだったことでしょう。

玉三郎丈は今でも歌舞伎座での興行以外に舞踊公演や特別公演を多く上演し、自分の相手役に若手の役者を共演させますが(本興行でも若い世代の役者と共演することが多いですよね)、それもやはり、若い時になかなか役をもらえなかったもどかしさやはがゆさを充分に理解しているからなんだろうなぁ、と。

役者というのは、やはりたくさんの数の舞台をこなしてこそ、実力がついていくものですからね。もちろん、ベテランに比べれば未熟なところは目立つかも知れませんが、それでもその時にしかない輝きを感じることができるのも、舞台の醍醐味ですし。それがなかなか出来なかった経験があるからこそ、今の若手にはそういう思いをさせないように…という玉三郎丈の思いを感じることができます。

歌舞伎への愛を胸に、ひたすら己の道を歩み続ける玉三郎丈。ひとりの観客として彼の舞台を観られること、彼が輝く時代に共にあることができる「奇跡」にあらためて感謝し、幸せを感じさせてくれる1冊です。


三島由紀夫 『にっぽん製』 [Books]

にっぽん製 (角川文庫)

にっぽん製 (角川文庫)

  • 作者: 三島 由紀夫
  • 出版社/メーカー: 角川書店(角川グループパブリッシング)
  • 発売日: 2010/06/25
  • メディア: 文庫
長崎の旅のお供にと、羽田空港の書店で購入した一冊。1953年初刊ですが、今年初めて文庫本化されたそうです。

物語は米軍の占領下から解放されたばかりの羽田空港へ向かうスカンジナビア航空機の機内から始まります。当時、アジア―ヨーロッパ間航路に唯一乗り入れていたこの飛行機に偶然乗り合わせたパリ帰りの日本人、美子と正。

ファッションデザイナーの美子はパリでの修業を終え、世界のモードを日本に持ち込むべく意気揚々と帰国の途についたところ。対する正は若手柔道家として所属先企業の期待を一身に受け、パリで開催された国際試合へ出場した帰りでした。

性格も環境も正反対の位置に立つ2人。正は美子に一目ぼれしますが、彼女には金杉というパトロンが存在します。男女の処世術に長けている美子は、正の自分への恋心を、ある男への復讐に利用することを思いつきますが…?

***

あとがき(田中優子)によると、三島がこの作品を執筆を始めたのは1952年秋。そのわずか4か月前に、羽田空港は米軍による占領から一部が解放され、「東京国際空港」の名称で運営を始めたばかりでした。つまり、この作品は、戦後、日本が世界に向いて開いた年、そして世界が日本へ向けて交流を開始する時期に書かれたことになります。

その時期をタイムリーにとらえ、男女の出会いの場所に設定するとは。三島の若く最先端をいく感性の鮮やかさに舌を巻きます。

三島作品を読んだのは、「春の雪」以来2作目ですが、非常に新しくて瑞々しくて、それでいて日本人らしいつつましさと端正さを併せ持つ作品だな、というのがいちばんの感想。

物語は、日本の伝統と西洋の新しい価値観・モードがいかにせめぎあい、融合していくのかが横軸となっています。そして主人公である正(柔道家)と美子(ファッションデザイナー)は、それぞれの立場を代表して立っています。

ファッションデザイナーという、当時では華やかで珍しい職業をもつ美子の周囲は、とにかく西洋的で華美な印象を与える表現がたくさん出てきます。三島の記述は丁寧で細やかで分かりやすく、たとえば金杉と美子が暮らす新宿御苑の洋館、銀座にある美子のブティック、美子が帰国後初めて開催するファッションショーの舞台なども細密な描写がされていて、その時代、ふいに日本の社会に立ち込めてきた「新しい空気」を具体的に想像させてくれます。

対する正は、某製鉄会社の社員として働きながら柔道の選手として大きな期待をかけられています。柔道といえば、まさに「にっぽん」のお家芸。正は帰宅する途中に漬物屋に立ち寄って夕ご飯の惣菜を選び、仕事後と休日は柔道の練習に明け暮れる毎日。三島が描写する正の生活の中には、まぎれもなくその当時の「日本の空気」そのものの匂いがします。

まるで相容れない性質をもつ2人の男女、そして2つの空気がいかに葛藤し、それぞれの立ち位置を見出していくのか…2人の背中に漂う「時代の流れ」を感じながら読むのにはとても面白いですし、もちろん、寄り添ったと思ったらふいに離れていくような2人の恋の行方にもドキドキします。

2人を取り巻く登場人物たち-美子のパトロンである金杉、上得意客の笠田夫人、美子の店で働く桃子と奈々子、そして正を「兄貴」と慕う次郎-それぞれの思惑や感情も交錯して、時に静かに、時に激しく、息詰まるような展開を楽しむことができます。

結末は、……結末のない結末、とでも申しましょうか。ある決意を美子が正に促し、それに対する正の答えで完結するのですが、「ええっ?それで終わり?それでどうなるの?これからどうなるの?」と思ってしまうかも。読者の想像力を刺激する終わり方ではあると思うのですが、どこまで想像したら良いんですか?みたいな(苦笑)。

三島の作品って、登場人物に「品」があるんですよね~。その第一の理由は言葉ではないかと。

美子はもちろん、すべての登場人物が非常に美しく正確な日本語を話します。スリや空き巣を生業をしている次郎は少し砕けたしゃべり方をしますが、それでも相手の立場に立った話し方をします。文中の会話の言葉を美しく操ることができてこそ、小説の世界には深みや香りが増すものなのですね。

久しぶりのブックレビューですが、なんかまとまりのない文章ですみません(汗)。

三島を初めて読む、という方にはオススメの1冊です。

***

3月に観劇した星組東京公演のレポをアップしました。ものすごく冷静かつ偏ったレポになっておりますが、よろしければコチラからお入りください。やっぱり時間が経つといけませんな…。

川端康成 『千羽鶴』 [Books]

千羽鶴 (新潮文庫)

千羽鶴 (新潮文庫)

  • 作者: 川端 康成
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 1989/11
  • メディア: 文庫

神保町の古書店で、ふと目について購入してみました。続編『波千鳥』と同時収録。

20代後半の青年、菊治はある日、亡き父のかつての情人である太田夫人と出会い、一夜を共にしてしまう事から物語は始まり、やがてその娘の文子、後の結婚相手、ゆき子や亡き父と関係があったちか子、それぞれの女性の思いや感情が、菊治にからんでいく様を描いた小説。

実はこの作品、『波千鳥』で完結するようだったのですが、明らかに「…え、ここから何か始まるよね!?」という箇所で突然終わってしまいます。

後ろの解説を読んで納得したのですが、実は川端康成は、まだ執筆中の時にこの作品の取材ノートを紛失しており、その事を亡くなって後も公にはしなかったそうなのです。その理由も解説に書いてあり、ここでは省きますが、川端らしい几帳面さと誠実さが伝わってくる理由です。

菊治さんは、客観的に見ると結構どうしようもない人なのですが(苦笑)、菊治に関係していく2人の若い女性-文子とゆき子が抱く感情の揺れやぶれは、女性としてはかなり共感できると思います。

「でも、女にはもしもという、おそれともよろこびとも知れぬ胸のおののきのあることを、あなたはお考えになってみて下さいましたでしょうか。」(本文より)

この言葉、「わかるっ!!すっごいわかるっ!!」と思ってしまった私(苦笑)。そんな事を感じる文子は、本当に辛い思いを抱えているのですけれど…。(そんな思いをさせる菊治さん、罪な男ですな…)

また、これは読み進めていくうちに判明してびっくりしたのですが、大分県の竹田や九重山地について、かなり詳細な描写がされているのです。大分県に旅することが多い者としては、嬉しく読みました。

菊治を思い、その思いに別れを告げるため、亡き父の故郷、大分県竹田市へ向かう文子。彼女は大阪からフェリーに乗って別府港へ到着し、その後の旅の行程を、菊治に送った手紙で詳しく書き留めています。

「別府から大分を通って汽車で竹田に行けば早いのですけど、久重の山々に「近づいて」見たいと思いますから、別府の裏の由布岳の麓を越えて、由布院から豊後中村まで汽車、そこから飯田高原にはいり、山を南へ越えて、久住町から竹田へというコオスを選びました。 筋湯、九酔渓、城島(きじま)高原、法華院温泉、諏峨守越(すがもりごえ)、岡城址…」

おおお、文子さん、かなり通な巡り方をしていますよ!(そんな感想を述べる私もどうでしょう)。というか、川端は当時の交通事情も含めてかなり綿密に調査取材を行ったのだな~と、ひたすらに感心してしまいました。

個人的には、「豊後中村」という駅名が出てきただけで、かなりテンション高くなりました(笑)。ちなみに豊後中村駅は、特急「ゆふ」停車駅です。「ゆふいんの森」は、一部停車します。(かなりマニアックな情報)

竹田駅前の描写などもあり、「駅舎のすぐ前を川が流れている」という文章があるのですが、現在もその描写と変わらず、川のすぐ前に駅舎が現存します。以前、竹田に行った時の事を思いだして、懐かしく読みました。

と言うことで、今日から大分に旅立ちまーす[飛行機]

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