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三月大歌舞伎 昼の部 [歌舞伎]

2011年3月20日(日) 新橋演舞場 11:00開演

17・18日と休演して、照明や装置などの節電プランを練り直したという新橋演舞場。ロビーの照明は必要最低限の明るさに抑えられています。階段を使う時や客席に入る時などに少し気を遣う程度で、不便を感じることなく移動できました。

舞台を楽しめる、大好きな役者さんの舞台にふれることができる。歌舞伎を、舞台を観ることができる。そのありがたさをしみじみと実感し、ただ、そのことを感謝したひとときでした。


恩讐の彼方に

中間市九郎 後に 僧了海/尾上松緑
中川実之助/市川染五郎
お弓/尾上菊之助
馬士権作/坂東亀三郎
若き夫/坂東亀寿
浪々の武士/中村亀鶴
中川三郎兵衛/團蔵
石工頭岩五郎/中村歌六

菊池寛原作の舞台。大分県耶馬渓(現在の中津市)に実存する「青の洞門」をめぐり、人間のさまざまな葛藤を描いた作品です。

松緑、染五郎、菊之助、この3人は、着実に、確実に役者として成長していると実感し、感服した一幕でした。

特に松緑は、持ち前の勢いとパワフルな舞台
に、重みと厚みが加わってきたように感じます。感情をダイレクトに発露させることなく、ぐっとお腹の中にため込むことができるような。だからこそ、過去の罪を悔い、自らを責めながらもひたすら洞門を掘り続ける姿が胸に迫ります。

対する染五郎は、感情をまっすぐに表現する若き侍を好演。どんな役を問わず、感情の赴くままに突っ走る役どころというのは、この方の持ち味にすごくハマるのではないかと思います。

この2人が後半、洞門の中で見せる苦悩と葛藤は、緊迫感がありました。そのせめぎ合いが頂点に立った時、ついに洞門は貫通する・・・。洞門に光が差し込むと同時に、2人の思いも浄化されていくのですね。月明かりの下、ひっしと抱き合い空を見上げる2人の姿に涙が出ました。

市九郎(松緑)をたぶらかして悪事に手を染め続ける女、お弓を演じた菊之助。救いようのない「本物の悪女」を演じる菊之助を観たのは、これが初めてだったかも。市九郎を煽って盗人に出した後、その背中を見やりながら「おや、もう暮れ六つかしら」とつぶやく場面は想像以上の凄みと毒気で、3階席でも思わずビビってしまいました(苦笑)。

脇を固める役者陣も安定していました。石工頭として洞門の作業を手伝う岩五郎を演じた歌六は、いつもながらの手堅さと安心感。若き夫とその妻を演じた亀寿と芝のぶは、初々しく仲睦まじい若夫婦ぶりが本当に微笑ましくて、それだけにその後の悲劇を想像すると哀れでなりませんでした。

染五郎、松緑、そして菊之助。将来、新しい歌舞伎座の大看板として立つであろう3人の役者さん。彼らの進化は、まだまだ続きそうです。


六世中村歌右衛門十年祭追善狂言
伽羅先代萩(めいぼくせんだいはぎ)

御殿
床下

乳人政岡/中村魁春
八汐/中村梅玉
沖の井/中村福助
澄の江/中村松江
一子千松/中村玉太郎
荒獅子男之助/中村歌昇
松島/中村東蔵
仁木弾正/松本幸四郎
栄御前/中村芝翫

2001年にこの世を去った名女方・六世中村歌右衛門の追善狂言。六世歌右衛門の養子である魁春が初役で政岡を勤め、その兄の梅玉が敵役の八汐を演じます。

日ごろから「愛人になっても良い」と豪語してはばからない梅玉さんと、おっとり、ふんわりした風情で舞台を包む魁春さん。お二人の大ファンにとっては見逃せないひと幕です!(かっちょいい立役のはずの梅玉さんが、悪女・・・という苦悩は置いといて)

我が子を犠牲にしてまでもお仕えする鶴千代君を、御家を守り抜こうとする乳人政岡。演じるのにもその壮絶な覚悟が必要であろうこのお役は、「烈女」と呼ばれることもあります。

魁春の政岡は、母親としての情愛と、鶴千代君を守り抜こうとする忠義の心が加不足なく表現されていたように思います。烈女、というより母親としての芯の強さ、情の深さを感じました。

主君と実子という違いはあれど、鶴千代君に対しても、千松に対しても、子どもたちに対する表情やしぐさが本当に優しくて、温かくて・・・母性の強さを感じさせる政岡でした。

鶴千代君には自分が炊いたご飯しか食べさせない政岡。茶道具を使って白米を炊く「飯炊き(ままたき)」という場面があります。六世歌右衛門丈は「政岡のポイントは飯炊きです」と言うほど、この場面を大切にしていたそうです。

茶道の所作を取り入れながら、茶道具を使い、白米を炊く準備をする政岡。この間にもいろいろとしどころや思い入れもあり、なかなか大変な場面だと思うのですが、魁春丈は丁寧に所作をこなしておいででしたよ。ひとつひとつの所作をきっちりなさっていくので、観ているこちらもすごく興味深く拝見しました。

でも時々、魁春丈の不器用なところがちょっと出てきて、柄杓が釜や水指の縁(へり)に当たって、「コン」「カン」と音を立ててしまったり、炭つぎの時にこっそり炭を取り落としそうになってたりするのが、ラブリーでした(笑)。そんな、ちょっと不器用な魁春さんが、大好きです!(←いや、大好きな要素はそこだけじゃないのですよ)

そして、いよいよクライマックス。自分の目の前で我が子千松を八汐に惨殺される場面。鶴千代君をかばいながらカッと目を見開いて耐える政岡の姿に、胸を打たれました。あと、ほんのちょっとのところで張り詰めた糸が切れそうな緊張感。「さすが動じない、さすが烈女」という驚嘆よりは、「よく、よく耐えたものだ」という安堵の思いを強く感じました。

そういったところで、魁春の政岡は強固な意志をもった武家女中、という感じではなく、本当にぎりぎりのところでとどまっているような、けれど絶対にそこからは動かないような、一見、簡単に折れそうなのに、決して折れることのない、優しい強さを
もったひとりの母親、というイメージが強かったです。どこかおっとりとやわらかな存在感が持ち味の、魁春の芸風からにじみ出るものだったのかもしれません。

それともうひとつ、とても驚いたのが、魁春の所作や表情の折々に、どこか六世歌右衛門の面影を感じられたこと。

私は実際に六世歌右衛門丈の舞台を拝見したことはなく、舞台写真を見たことしかありません。けれど、たとえば政岡が無残な死を遂げた我が子を前に激しく嘆く場面。ぐーっと背中を反らして天を仰ぎ見た後、我が子の亡骸に泣き伏す魁春の横顔。ハッとするほど、写真で見た六世歌右衛門丈にそっくりでした。

やはり魁春さんは、いちばん近くで六世歌右衛門丈の芸を見つめ、教えられた人なのだなぁとあらためて感じました。

梅玉の八汐。いや~、普通に怖かったです(←身も蓋もない発言)。

主役の味を決して邪魔しない、かと言って必要以上に控え目にはならない独特の存在感が梅玉の持ち味。今回も必要以上に前に出ることなく、弟である魁春の舞台を引き立てていました。

芝翫の栄御前は、本当にいるだけで充分!本当、ありがとうございます!(←謎)

床下では、荒獅子男之助を演じた歌昇のイキの良さと、仁木弾正を演じた幸四郎の無気味な色気が強く印象に残りました。

特に、謎めいた存在感を残して、ろうそくの灯だけでスー・・・ッと花道奥に消えていく幸四郎の仁木弾正の姿は残像となってまぶたの裏に焼きついています。


曽我綉侠御所染(そがもようたてしのごしょぞめ)

御所五郎蔵

御所五郎蔵/尾上菊五郎
傾城皐月/中村福助
傾城逢州/尾上菊之助
新貝荒蔵/坂東亀三郎
秩父重介/坂東亀寿
二宮太郎次/尾上右近
番頭新造千代菊/中村歌江
梶原平蔵/河原崎権十郎
甲屋女房お京/芝雀
星影土右衛門/中村吉右衛門

平成の菊吉による競演。打ち出しの演目が大顔合わせですと、テンションがぐっと上がりますね!

まずは五條坂仲之町での五郎蔵(菊五郎)と土右衛門(吉右衛門)の顔合わせ。

音羽屋の七五調のセリフ、カッコいい!!本当江戸前の香りと色気と意気(粋)を、その身一つで体現できる御方です。

対する播磨屋は、イキの良い音羽屋をがっしり受け止める安定感。敵役としてのふてぶてしさはもうちょっとかなーと思うのですが、周囲を圧倒する風格はさすが!!

この二人を留めるのが、芝雀演じるお京。なよやかでおっとりとした芸風が持ち味の芝雀さんだけに、配役を聞いた当初は「音羽屋と播磨屋を留めきれるのか」という疑問がわきましたが(←失礼)、2人をはんなりとやわらかく留める芝雀さんのぽってりとした風情がかえって京都の色街という設定には合っていたように思いました。それにしても芝雀さん、いつでも、どんなお役をしても可愛いな~。

さて、場面は変わって、五郎蔵の妻である傾城皐月(福助)が土右衛門に言いくるめられ、五郎蔵に偽りの愛想尽かしをする場面。

福助の皐月は、とっても行儀よく舞台を勤めていましたね。傾城と言っても人の妻ですし、過剰な色気を抑えていたというか。それが五郎蔵を思う気持ちと重なって見えて、土右衛門との板挟みになってしまう苦悩がうかがえました。

対する菊之助の逢州は、登場した瞬間からパッと大輪の花が咲いたかのような華やかさを身にまとっています。その立ち居振る舞いだけで、おそらく五條坂一の美しさと人気を誇る傾城なのだろうと感じさせる存在感でした。

皐月の偽りの愛想尽かしを真に受けた五郎蔵が、皐月の替わりとしてやってきた逢州を闇夜の中で殺めてしまう場面。闇夜の中の立ち廻りで、独特のゆったりとした動きと、逢州の着ていた打掛を使った立ち廻りが倒錯的な美しさを醸し出していました。

* * *

カンゲキレポですので、いつもと変わらないテンションで書きました。どうにもこうにも、キーを打つ手がこの方向性へと向かってしまうというか・・・(汗)。

余震の不安、停電の心配などもある中で、きっちり仕事を進めてくださる舞台スタッフの皆さん(節電プランに対応する舞台進行の変更などもあったことと推測しています)、いつもと変わらぬにこやかな微笑みで迎えてくださる劇場スタッフの皆さん、そして、どんな状況でも、全力で舞台を勤めてくださる役者の方々。心からの感謝と、心からの敬意をお送りしたいと思います。


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カオリ

こんなときこそ、お芝居ですね。今月は国立劇場には絶対行こう!と思っていたのに、休園になってしまって残念。
新橋演舞場のことを忘れてました・・・無念。
by カオリ (2011-03-24 17:14) 

aki

こんばんは。同じ日の舞台を見ていました!私は、この日は、かぶりつきで♪素晴らしい舞台でしたね。夜の部は見られなくて残念ですが、久しぶりに歌舞伎を見たーっという感じがしました!
by aki (2011-03-24 22:10) 

★とろりん★

カオリさま、

nice!とコメント、ありがとうございます!!

行く日まで迷ったのですが、その日になると何の迷いもなく、ごく自然に劇場へ向かっている自分がいました。「舞台を観ること」というのは私にとって「生きるチカラ」なのだと実感した1日でもありました。
by ★とろりん★ (2011-03-25 11:15) 

★とろりん★

akiさま、

コメント、ありがとうございます!!

akiさまのブログを拝見して、「おお、ご一緒だったのか」と嬉しくなっていたところでした。かぶりつきで魁春さんの政岡(と、梅玉さんの八汐)をご覧になられたとは、うらやましい限りです!
by ★とろりん★ (2011-03-25 11:17) 

はなみずき

震災以来、心が歌舞伎から離れていましたが、とろりんさんの記事を拝見して、歌舞伎を見るときの嬉しい気持ちを取り戻せました。

「恩讐の彼方に」は、初めて拝見するお舞台でしたが、メッセージ性のある、いいお芝居でしたね。若い三人を中心に、時の流れが自然でしたし、とろりんさんがおっしゃるように、いつもの松緑丈とはまた違った一面を拝見できたように思います(菊丈の悪女しかり!)。

by はなみずき (2011-03-26 22:26) 

★とろりん★

はなみずきさま、

コメント、ありがとうございます!!

震災以来、はなみずきさまのことをひたすら心配しておりました。コメントをいただけて、本当に嬉しいです(あ、嬉しいのはいつもですよ☆今回は特に、という意味です)。ありがとうございます。

「恩集の彼方に」には原作も読んだことがありませんでしたが、3人の熱演もあって、序幕から本当に素晴らしい舞台を見させてもらった、という気持ちでいっぱいでした。
by ★とろりん★ (2011-03-27 15:18) 

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