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狂言 山本会 [伝統芸能]

2006年4月16日(日) 杉並能楽堂 13:30開演

 
春雨に曇る杉並能楽堂。愛らしい藤紫色の花が雨の冷たさに身を縮めています。

【演目と出演者】
・ 「賽の目」 山本則重
・ 「どちはぐれ」 山本東次郎
・ 小舞 
  「貝尽くし」(凛太郎) 「塗師」(則秀) 「景清」(則孝)
・ 「木六駄」 山本則直

4月中旬とはいえ、肌寒い春の雨を受けながら、
「山本会」を拝見するため、杉並能楽堂を訪れました。

山本会は、大蔵流狂言方の流派の1つです。詳しくはコチラへ→おびひろ狂言づくしの会

今回は、江戸時代以降上演された記録がない独り狂言「どちはぐれ」を
山本会当主・東次郎が上演するとあって、読売新聞なども取り上げ、かなり話題になっていました。

「今回は混雑が予想されますから、お早めにお越し下さるように・・・」と
関係者の方からアドバイスをいただいたので、開演1時間前にうかがったのですが、
すでに正面席はほぼ満席。何とか目付柱の正面くらいにお席を陣取りました。

今回も大変感動的な舞台に出逢う事ができ、幸せをかみしめています。
それではさっそく…。

■■■ 賽の目 ■■■

【物語】

さる屋敷の主人(東次郎)が、ひとり娘(泰太郎)の聟を募集することにします。
条件は算術に長けている若者。主人の出す難題に数多くの聟候補が脱落する中、
ひとりの若者が見事にその難題に正解を出します。めでたく若者は娘の聟となり、
しかも屋敷の金銀財産を全て手に入れる事になるのです…が!?

【カンゲキレポ】

山本会では実に昭和42年の上演以来、39年ぶりとなるこの狂言。
ちなみにこの時、シテである聟を演じていたのが、当時則寿を名乗っていた東次郎だそうな。
今回は東次郎の甥でとろりんさんのイチオシ、則重がシテを勤めます。
…きゃぴ☆(笑)

***

「究極の選択」って、よく会話のネタになりますよね。
「結婚するなら、貧乏だけど超美男子、大金持ちだけど1分と観ていられない不細工、
どちらと結婚する?」という問題は、「究極の選択」基本編ではないでしょうか。

この狂言、まさしくこの「究極の選択」がテーマなのです(^^;)

見どころは主人と聟候補たちの問答、そして聟に決まった青年と娘のやり取りです。

屋敷の主人が出す問題は、「500具の賽の目の数を全部合わせたら、いくつ?」。
賽の目というのは、双六で使われるサイコロの事。そしてこれを2個1組にしたものを
「1具」と呼びます。その事を知っていれば、この問題たいしたことはないのですが、
それでは面白みがありませんよね。

聟候補達はあれこれと考え抜いて、(ユニークな)答えを出しますが、
それはどれも的はずれなものばかり。主人に拒まれ、家来の太郎冠者に
さっさと屋敷を追い出されてしまう姿は滑稽で、ついつい笑いがこぼれます。
その前段階の問答がコミカルに演じられるからこそ、聟の青年の鮮やかな解答が
引き立つ訳ですね。

さて、後半の見せ場は聟の青年と花嫁となる娘のやり取り。
娘が予想外…いや、想像を遙かに超える「醜女(しこめ)」であった事に、
腰を抜かさんばかりに驚く青年。先ほどの上機嫌ぶりとはうってかわって
あの手この手で屋敷を去ろうとする姿は可笑しくて、つい吹き出してしまいます。

娘も娘で、せっかくゲットしたお聟さんを取り逃がしてなるものかと、
あれやこれやと言いくるめて、青年を逃がそうとしません。
そんな男女の必死の攻防戦は、思わず大笑いしてしまうほどの楽しさです。

さて、この「究極の選択」、皆さんはどちらを選びますか?(笑)

この舞台で注目したのは、則重・則秀兄弟。
聟候補その1を演じた弟・則秀は力強さと若々しさを存分に感じる声、
そしてシテを勤めた兄・則重は、いつもながらに張りのある声で、爽やかな好演でした。
また則重は吉本新喜劇もビックリの華麗なズッコケを見せ、客席を大いに盛り上げました。



■■■ 独狂言(ひとりきょうげん) どちはぐれ ■■■

【物語】

とある山寺の住持(住職)が、多額のお布施をいただけるという法事に招待を受け、
うっかり承知します。ところがその日は、毎月決まってお斎(おとき=読経したのち、
食事などをいただくこと)をくれる檀家を訪れる日でもあったのです。
つまり、ダブルブッキング。

お布施をくださる法事へ回るのが先か、それともいつもお世話になっている檀家へ
うかがうのが先か…。住持の心は大いに揺れ動き、迷いに迷います。

【カンゲキレポ】

漢字にすると、「東西迷」。
文字通り、「右往左往する」という意味を持っています。

江戸時代に編纂されたと伝えられる狂言の台本集には、
「虎明本(とらあきらぼん)」と「虎寛本(とらひろぼん)」があります。
このうち、「どちはぐれ」は先に編纂された「虎明本」にのみ収録されており、
現在のところ、これまでの上演記録は残されていません。

また、独狂言というのは読んで字の如く、1人の狂言方によって上演される演目です。
最近の上演記録が残されているものとしては、和泉流「見物左衛門」、大蔵流茂山家の
「独り松茸」くらいで、独狂言自体、演じられる機会が極めて少ないと言えます。

そのような背景もあり、今回、東次郎が「どちはぐれ」を復曲上演すると言うことは、
これまで知られる機会の少なかった「独狂言」というスタイルに光を当てる事となり、
また自身としても芸道への新たな道を切り拓く大きな一歩であると言えましょう。
それは狂言界全体においても、大きな意味を持つ事だったと思います。

***

この狂言を通じて感じたことは、「人間」という存在の滑稽さ、そして愛おしさ。

こういう場面、現代でも結構遭遇しますよね。仕事上でも、普段の生活でも。
礼儀上の観点というか、ビジネスマナーとしての観点からすると、普段から
御世話になっている檀家さんをまず訪れるべきかとは思いますが、
「これだけたくさんのお布施をいただくとなると…」とか、
「これをきっかけに次につながる有力な人脈を築けるかも…」とか考えてしまうと、
思わず迷ってしまいますよね。
そういう面では、現代に生きる私たちも非常に共感できるお話だと思います。

結局、住持は迷いすぎてしまい、意を決して寺を出たときには、
法事もお斎も終わってしまっていた…という、
「二兎を追う者は一兎をも得ず」的なオチが用意されています。

文字通り、「どちにもはぐれ」てしまった住持は、自分の愚かしさを嫌悪しつつ、
しょんぼりと家路につきます。

しかし、ここで終わらないのが東次郎の「どちはぐれ」。
まさにここから、彼の芸は真骨頂を迎えるのです。

山寺へたどり着いた住持は、ご本尊の前で夕刻のお勤めを始めます。
そして、今日の自分の行動を振り返って、ふと静かに微笑をもらすのです。

それは、「自分って馬鹿だなぁ、何であんなに迷ったんだろう」
という自嘲ではなく、
「こうして仏に仕える身なのに、ちょっと良い話があったらついつい迷ってしまって、
自分はまだまだ人間として面白みがあるなぁ」
という、自分に対する愛しさを込めたものなのです。

「こうあるべき」というルールやポリシーを持っていても、少し条件の良い話を聞いて
思わず決意がぐらついてしまうこと、ありますよね。そして「あーでもない、こーでもない」
とちょっとぐずぐずしてしまっただけで、チャンスを逃してしまうことも。

そんな自分に自己嫌悪するのではなく、
「こんな事でオタオタしてしまう自分、可愛いなあ」
と思えた方が、人間として魅力的だし、次のチャンスは絶対に活かせそうじゃありません?

ついつい様々なしがらみや不意に起こる出来事に「どちはぐれ」てしまう人間。
その存在に対して、何よりも温かい眼差しを慈しみを込めて描かれた作品として、
「どちはぐれ」は、かなりの秀作と言って良いでしょう。

「さてもさても、今日は楽しき1日であったことよ」。
住持が最後に呟くこの言葉が、この狂言の醍醐味、そして一番大切な事を教えてくれます。

***

それにしても、「独狂言」という舞台は、たった1人の役者に観客の全ての意識が
集中するわけですから、非常に卓越したものを持った役者でないと難しいでしょう。

最小限に抑えられているため、逆に最大限に研ぎ清まれた舞台装置である
能舞台で、その空間を自らの芸格だけで包み込み、観客の意識を自らの動きのみで
集中させ続けるという作業は、並大抵の力では出来ません。
この「どちはぐれ」も、東次郎であったからこそ、30分を超える舞台を
勤め仰せることが出来たのだと思います。

しかし、東次郎はその艶と張りのある、凛とした声と、
大らかで華麗な身の動きだけで、観客を自分の創り出す世界へと惹きこんでしまうのです。
観客は、東次郎の一挙手一投足を逃すまい、と知らない間に全神経を舞台へ、そして
彼の動きへと集中させているのです。

ここまで舞台や観客を圧倒するだけでなく、柔らかく包み込んでしまう舞台人はそういません。
東次郎の芸質を、以前、第8回狂言の会 山本家三兄弟と共にでも、
「春風駘蕩」と表現しましたが、やはりその言葉以外に見つかりません。
その芸の確かさに圧倒されるのは勿論のこと、気が付くと、柔らかく心地よい風に
包み込まれているような、ふんわりと幸せな気持ちにさせられるのです。
これが、東次郎の芸が持つ「風格」なのでしょうね。

東次郎の素晴らしい舞台と、新たな芸の道への挑戦を目撃し、それでも変わらない、
温かな芸風に触れ、その場に居合わせた喜びをかみしめたひと時でした。


■■■ 小舞 ■■■

気が付けば(って言うか確信犯ですが>笑)東次郎賛歌、炸裂(笑)。
続いては小舞三題です。

***

先陣を切るのは山本会の若き(若過ぎ?)期待の星、凛太郎。
若干12歳ですが、堂々とした踊りを披露してくれました。
まだまだ緊張を隠せず、口をギュッと硬く結んでの踊りでしたが、
小さな身体をありったけ伸ばし、指先まで力を込めてピーンと見せる
姿が、とても初々しくて、おばちゃまメロメロ♪(Σはっ!ついに「おばちゃま」にっ…)

幼いながらに芸に対する真摯な姿勢、緊張感伝わってきて、
こちらまで身が引き締まるような気持ちがしました。

次は則秀による「塗師」。
さすがにひとつひとつの動きをきっちり、しっかりと決めるのですが、
しなやかさ、柔らかさが乏しく、若干、形と振りに心を置き過ぎかと
思われる点が気になります。東次郎らベテランのように、舞台と客席を包み込むような
「風」を感じるにはまだまだ物足りないかな…。
実は、「小舞」に身のこなしとしての「芸の達成度」が見え隠れするのかな、と思いました。

小舞の最後を締めくくるのは、則孝の「景清」。
源平合戦の折の武勇談を舞で表現します。
この3人の中では最年長の則孝、さすがに落ち着きの中にも
武士らしい豪快さ、力強さを余すところ無く表現して見せてくれました。


■■■ 木六駄 ■■■

【物語】
第8回狂言の会 山本家三兄弟と共にを参照されたし。(スミマセン、手抜きで…)

【カンゲキレポ】

今回、最後を飾るのは山本家二男、則直による「木六駄」。
そうそう、則直さん、芸術選奨文部科学大臣賞受賞、おめでとうございますっっ!!
この場を借りてお祝い申しあげますっ!!

これはあらすじを既に知っていたので、気軽に楽しみました。
前回は山本家三男・則俊が演じた太郎冠者を、今回は則直が勤めます。

則直の太郎冠者は、とにかく主人重いの生真面目な勤め人、という印象。
彼の実直な芸質から受けるものでしょうね。
吹雪の中、材木を背負った牛を6頭も引き連れて進む場面では、
「とにかくご主人様が喜んで下さるように」という気持ちが伝わってきます。

そんな太郎冠者が、お茶屋でついついお酒を飲む内にどんどん気が大きく
なっていく変貌ぶりが、かえって鮮やかにきわだちました。
伯父に見とがめられてもフラフラしている姿が可愛かったです。

兄・東次郎とは違って、則直の芸風は豪胆かつ堅実です。
また、今回出演はかなわなかった三男・則俊も兄2人とは全く異質の芸風を持ちます。
それぞれの芸に三者三様の彩りを持ちながらも、その色が合わさったときに見せる
万華鏡のような華やかさと力強さは、他の流派とはまた違った魅力を持っています。

*****

観るたびに新しい出逢いと発見を与えてくれる山本会。
私にとっては、本当に大切な勉強の場です。
次の会では、どのような出逢いを用意してくださるのか、今からワクワクしています。

今日のお星さま…★★★★★ (良いものは、良いーーーっっ!!)

ついでにコチラも、ぽちっとな。


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ラブ

お能は、1〜2度しか見たことがありません。
蜘蛛に変身する、一般的なやつ(土蜘蛛?)とか…。
スピードがゆっくりなので、歌舞伎よりわからないのですよね。
狂言は、おもしろいけど…。
お能がわかる、とろりんさんって、すごいと思います。
尊敬します。
by ラブ (2006-04-18 08:52) 

“某友人”

「どちはぐれ」に感動しました。解説のようなものがあったのですか? もし、とろりんさんが舞台をご覧になって、感じ取ったテーマだとしたら、それを汲み取れるとろりんさんて、素晴らしい! そして、役者さんも素晴らしい。「悟る」ってこういうことなんでしょうねー。
by “某友人” (2006-04-18 09:10) 

★とろりん★

★ラブさま、こんにちは~。
今回は狂言方による公演だったのですよ。
「山本会」というのは、大蔵流狂言方の流派の1つです。
私も、お能は1度しか観たことがありません。
今年はぜひぜひ、お能にも足を運びたいと思っています。
(ちなみに、能はまだまだ、悟り切れません…>苦笑)

★”某友人”殿、こんにちは~。
今回は、東次郎師より「上演にあたって」という簡単な説明と
「虎明本」に収録されている台本の部分をコピーしたものを、
開演前にいただいていました。東次郎師の表現なさりたかった事を
汲み取れたのかどうかは分かりませんが、とにかく素晴らしい舞台に
出逢えた喜びと感謝を、心のままに書きなぐってみました(^^;)
こういう出逢いがあると、もっともっと劇場へ足を運んでみたく
なりますよね。
by ★とろりん★ (2006-04-18 10:29) 

ラブ

狂言ばっかりの会って、あるんですねぇ。
絶対お能と、セットだと思いました。
とろりんさんでもお能が悟れないなら、ある意味、こんな私でも
安心ですね。
by ラブ (2006-04-19 15:09) 

★とろりん★

ラブさま、こんにちは~。
2度目のコメントありがとうございます☆
私も今のお仕事を始めるまで、
能と狂言は必ずセットだと思っていました。
お能は…まさに幽玄の境地にひたってますね…。
睡魔に負けているだけなのですが(苦笑)
by ★とろりん★ (2006-04-20 14:41) 

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