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團菊祭五月大歌舞伎 昼の部 [歌舞伎]

2007年5月6日(日) 歌舞伎座  11:00開演

歌舞伎座1階東側売店の片隅にたたずむ古い時計。松竹の創始者の一人、大谷竹次郎による「わが刻(とき)はすべて演劇」という言葉がきざみこまれています。良い言葉です。

【出  演】
市川團十郎、尾上菊五郎、中村梅玉、市川左團次、市川海老蔵、尾上菊之助、中村芝翫 ほか

【演  目】
■ 『泥棒と若殿』
■ 天覧歌舞伎120周年記念 『歌舞伎十八番之内 勧進帳』
■ 『与話情浮名横櫛 (よはなさけうきなのよこぐし)』 
  木更津海岸見染の場/源氏店の場
■ 『女伊達』

大型連休ラストデイのこの日、翌日に向けて活力をつけるべく向かった先は歌舞伎座。毎年恒例の成田屋と音羽屋による「團菊祭五月大歌舞伎」昼の部を見物してまいりました。

昼の部は、上質な新歌舞伎、ベテラン揃い踏みの大歌舞伎、若手花形の競演、大御所による舞踊一幕と、時間的にも演目的にもバランスの良い狂言仕立て。なおかつボリューム感もゴージャス感もたっぷりで、大満足です。

あらゆる世代の魅力炸裂のパワフルな舞台から、翌日へ向けてのエネルギーをたくさんいただきました!!

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『泥棒と若殿』

【物 語】
伝九郎(松緑)は苦労ばかりの生活に嫌気がさし、ある晩、やけを起こして山里の屋敷に盗みに入ります。ところがその屋敷には金目のものは何もなく、身分の高さを漂わせる若侍(三津五郎)がひとりで暮らしているだけでした。伝九郎は日々の食べ物にも事欠くらしいこの若侍を放っておくことができず、いつしか身の回りの世話をするようになり、ふたりの奇妙な生活が始まります。

実はこの若侍はこの藩の領主の息子、松平定信。後継者をめぐる権力争いに巻き込まれ、この山深い屋敷に幽閉されていたのでした。やがて争いが決着し、定信は次期藩主として城へ帰ることとなります。しかしそれは同時に、伝九郎との別れを意味していました…。

【カンゲキレポ】
泥棒と殿様、身分違いの二人が織りなすつかの間の愛の生活、あっ違う、心の交流を描いた作品です(笑)。山本周五郎の原作を脚色したもので、歌舞伎座では久々の上演になるとか。個人的に周五郎の小説は歌舞伎に似合う作品が多いと思っているので、嬉しいです。

周五郎の作品は簡潔にまとめられた起承転結の中にも人のいくべき道や物事の道理などが提示されていて、その中で変化していく人の思いが細やかに描写されていますね。今回のお芝居も、メリハリの利いた展開の中に身分の違うふたりの心の交流がさわやかに描かれています。

お人好しの盗人、伝九郎を演じるのは松緑。舞台に対する「余裕」がでてきたように思います。良い意味で遊び心をおぼえたというか。山里の屋敷では廊下の床板や畳を踏み抜いたり、襖や掛け軸を破壊したりと大活躍(?)です。細々と若侍の面倒をみる場面は、まるで新妻のようなかいがいしさ(笑)。いやもう、ラブラブです(笑)。

若侍との不思議な生活を飄々と見せながらも、別れのシーンではたっぷりと情感のある演技を見せ、舞台を引き締めました。これまでは「やんちゃ」なイメージが勝っていた松緑ですが、持ち前の「陽」の魅力はそのままに、大人の役者へとまたワンステップ上った感じですね。

ひょんなことから伝九郎の世話を受けるようになる若侍、実は松平定信というれっきとした殿様には三津五郎。

泰然としながらも伝九郎の身の上を聞いて「おもしろいなぁ」と感心したり、「蜆(しじみ)というと…貝だな」などと、少々世間ずれしたところを嫌みなく朗らかに演じます。かと思えば、刺客の放った矢をかわす場面や刺客と剣を交える場面では、鋭くしなやかな身のこなしの中に、自らの意志とは無関係に権力闘争にうつろう我が身の哀しさを巧みに表現。

勢いで押してくる松緑を、ゆったりと受け止める大きさはさすが、ベテランの味わいです。映画『武士の一分』では、「抗いがたい色気」(爆)を漂わせる悪徳武士を演じ、とろりんさんのハートをわしづかみっぱなしでしたが、今回は人の誠実さ、温かさにふれて人間的にひとまわり成長する若き領主を演じて、またまたとろりんさんのハートわしづかみ(笑)。大和屋さん、罪な男…。

周五郎は私も大好きな作家の一人で、「これ、歌舞伎でやったらおもしろいだろうなぁ」と思ってしまう作品がたくさんあるんですよ。そういうときは、ついつい頭の中で勝手に配役して楽しんでおります。

個人的に歌舞伎上演希望なのは、1948年に発表された「蘭」という小品。海老・菊・松でやってほしいなぁ…というのが私の密かな(勝手な)夢です。いつか、かなうと良いなぁ~。

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『勧進帳』

【物 語】
源平合戦後、兄・頼朝と不和になった義経(梅玉)は、山伏一行に身を変えて弁慶(團十郎)ら家来とともに奥州へと落ち延びることにしました。

安宅の関にさしかかった一行は、関守である富樫左衛門(菊五郎)にその正体を見破られます。しかし、命を懸けて主人を守ろうとする弁慶の心に深く感じ入った富樫はすべてを覚悟した上で、あえて関所の通過を許し、彼らの無事を祈るのでした…。

【カンゲキレポ】
昼の部のメインディッシュ1皿目は、大幹部揃いの「勧進帳」です。特に2月のタイトルロールに続いて、梅玉さんの義経さまです♪(ひっぱるひっぱる〉笑)

120年前の1987年、明治天皇が皇室として初めて歌舞伎をご覧になりました。この出来事が、歌舞伎の社会的地位向上のきっかけになったと言われています。この時にかけられた演目のひとつが『勧進帳』。配役は弁慶に九世市川團十郎、富樫に五世尾上菊五郎、義経に五世中村歌右衛門。

この天覧歌舞伎120年を記念して、今回は当代の團菊による『勧進帳』が実演。現在、歌右衛門の名跡を持つ役者さんは不在なので、成駒屋の芸を受け継ぎ、團菊とも共演の多い梅玉が義経を演じます。

年に一度は、必ずどこかの劇場でかけられている人気演目です。3月のオペラ座歌舞伎@パリでも、成田屋親子による競演で話題になりましたね。今回は團菊祭の双璧でもある團十郎と菊五郎が真っ向から激突する、非常に楽しみな舞台となりました。(そして、そんな成田屋vs音羽屋の競演をおっとりと見守る高砂屋、という構図でしょうか>笑)

これだけ大物がそろっての大歌舞伎ともなると、もはや「舞台」を通り越してまさに「祭」です。ふれあうだけで火花が散りそうな大役者たちの芸の極みを、五感を通じてたっぷりと堪能するに限ります。

團十郎の剛胆、菊五郎の大きさ、梅玉の気品。どれをとっても迫力満点で、一瞬たりとも気を抜けません。主要人物にこれだけの役者さんがそろうと安心するのか、舞台に集中する事ができました。

特に問答の場面では、弁慶と富樫、そして義経の間に流れるそれぞれの緊張がピーンと舞台上に張りつめて、少し調和が乱れるだけで火花が散りそうな緊迫感…。呼吸するのも忘れるくらいに舞台に見入ってしまいました。

彼らの演技を脇で手堅く引き締めるほかの役者さん、そして舞台を力強く支える長唄連中の皆さんに鳴物さん、後見さん。総勢38名による力演の舞台。この中で誰1人欠けてもこの大舞台は出現しなかったと言っても過言ではないでしょう。ひとりひとりの力が結集してこそ、観客の心をつかむ感動の舞台が生まれるのですよね。素晴らしい『勧進帳』でした。

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『与話情浮名横櫛 木更津海岸見染の場/源氏店の場』

【物  語】
江戸の大店の息子、与三郎(海老蔵)はふとした偶然から木更津の海岸で美しいお富(菊之助)と出逢い、互いに一目惚れ。(木更津海岸見染の場)

2人はたちまち深い仲になりますが、お富の旦那(地元の大親分)の知るところとなり、与三郎は捕らえられ、折檻を受けて体中に刀傷を受けてしまいます。

それから3年。すっかり身を持ち崩した与三郎は蝙蝠(こうもり)安という小悪党とつるんで、ある妾宅に強請(ゆすり)に入ります。ところがなんと、そこにいたのは3年前に死んだと思っていたお富ではありませんか。

実は3年前、お富の旦那にふたりの仲が知れた晩、お富はその場を逃れて海に身を投げました。しかし、運良く近くを通りかかった和泉屋多左衛門(左團次)の船に助けられ、そのままこの妾宅に住むようになったのです。

思いがけない3年ぶりの再会に、2人は…?(源氏店の場)

【カンゲキレポ】
本日のメインディッシュ、2皿目は海老蔵と菊之助という、今をときめく若手花形による「競艶」です!!海老蔵の与三郎に、菊之助のお富。これに左團次が付き合うというこれまたゴージャスな配役です。

いや~、ふたりとも美しい!!美しすぎて感動すら覚えましたよ。芝居が盛り上がっていくのにつれて、ふたりの姿がどんどんきらめきと艶を放っていくような、何とも言えない高揚感に包まれていました。

特に菊之助は、芸者上がりのやくざの内儀を好演。清明な美しさが持ち味の菊之助ですが、こういうちょっとあだな感じの役どころも手の内におさめつつあるんですねえ。もっとも、最初の花道の出をはじめとして、ところどころに若さが出てしまい、「役を自分のものにしてしまっている」というレベルではありませんが…。意欲的に舞台を勤めているという気概は伝わってきました。

海老蔵は、もう、立っているだけで惚れてしまいそうな美男ぶり。顔中の傷跡が痛々しいのですが、それすらも女性を引きつけて離さないような魅力をたたえています。

ただ、台詞回しに難あり。「もし、ご新造さんえ、お内儀さんえ、お富さんえ…」で始まる、流れるような調子で知られる与三郎の台詞ですが、ゆっくりためるところ、なめらかにさらさらっと流すところ、ぐぐっと強くおすところの、緩急のつけかたが極端過ぎるように見受けられました。混雑時の通勤電車に乗っているような、スーッと言ったかと思えばいきなり速度が落ちて「おっとっと…」となってしまうような、居心地の悪さを感じてしまいました。

大幹部が見せるどっしりとした舞台だけでなく、このような「発展途上の芸」を見ることができるのも、歌舞伎の醍醐味です。正直申しますと、このふたりの役者さんについては最近、「い、生き急いでないか?」とこちらが心配になるほど(苦笑)のすさまじいスピード成長ぶりだったので、かえって「あ、まだまだ役者として完成されていないんだ、道のりは続くんだ」と、妙な安堵をしてしまいました(苦笑)。

自分の花を極めるために疾走する、ふたりの若き役者の熱演が光る舞台でした。(しっかりと舞台を引き締めてくださった左團次さんも素敵でした☆)

それにしても源氏店、最後のお富与三のラブラブシーン(笑)がカットされていたのが意外でした。時間の都合もあるのでしょうが、ファンとしては、あると嬉しい…(笑)

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『女伊達』

【カンゲキレポ】
ボリュームたっぷりの昼の部コースを締めくくるのは、神谷町による粋な舞踊。さっぱりしながら、花の吉原を舞台にした舞踊で、ゴージャス感が漂います。

芝翫の舞踊は、胸のすくような爽やかさがあります。この「女伊達」や「年増」など、世話にくだけた踊りではほかの追随を許しません。15分ほどの短い舞踊でしたのに、最初から最後までオペラグラス上がりっぱなしになるほどの粋な踊りでした。

その芝翫を両立てにになって支えるのが翫雀と門之助。どっしりと腰の据わった翫雀のゆったりとした踊りに、スッと鼻筋の通ったすっきりとした立ち姿に安定感があり、華やか。どちらも立ちどころ、いどころを心得ていて、すがすがしい助演でした。

今回あらためて実感したのが、私の中で、いえ、歌舞伎の世界でいかに「吉原=満開の桜」という図式が定着しているか、ということです。

今回の舞台装置は吉原に咲き誇る満開の桜の花・・・の下に、なぜか、これまた満開の花菖蒲(と、思われる植物)の垣根が。いかに「團菊祭=五月=端午の節句=花菖蒲」とは言え、それぞれの季節がちと違うのでは…。

しかし、じゃあ舞台から桜を抜いたら、そこが吉原だと一目で分かるか?と言われたら、それも難しいですよね…。歌舞伎の舞台というのは本当に良くできていて、その場面の装置や出演者の衣裳を見るだけで舞台設定はもちろん、時代背景やその人物の境遇まで分かるように工夫されています。

そう考えると、やはり歌舞伎の世界において「桜の花」は常に「吉原」に咲いていなくてはいけないのでしょうね。当たり前のことでしょうが、あらためて歌舞伎の世界の不思議さ、楽しさを実感したひとときでした。

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團菊の迫力あふれる対決(レフェリー:梅玉さん)、海老菊の競艶、三津五郎と松緑の愛の世界(笑)、小粋な芝翫の踊りと、当月の歌舞伎座昼の部は非常に見応えあり、満足感ありの非常に見事な狂言立てです。

「What a Beautiful day!!」と、銀座の東で叫びたくなる(←微妙に古い)ような、幸せな1日でした。

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はなみずき

とろりんさん。團菊祭昼の部、本当に豪華演目と豪華配役で、病み付きになりそうですよね(なってます)。
私は山本周五郎の作品は読んだことがないので、是非今度読もうと思いました。松緑丈は夜の部でも全幕にご活躍です。
今度一緒に銀座の真ん中で叫びましょうね!
by はなみずき (2007-05-10 09:14) 

★とろりん★

はなみずきさま
記事をアップして早速のコメント、とっても嬉しいです☆いつもありがとうございます。さて、團菊祭。私もかなり病みつきになりそうです。これはヤバイですね(笑)。特に昼の部は、歌舞伎初体験の方にもオススメできる演目仕立てですよね。山本周五郎、私は武家ものの短編がお気に入りです。ちなみに、「蘭」は『花匂う』という文庫本に収録されています。リンクしておきましたので、興味があればのぞいてみてください☆
by ★とろりん★ (2007-05-10 09:28) 

ラブ

本周五郎、大好きなんです。へぇ〜、歌舞伎になるんですね。
淡々としてるし、地味だし、人数がそれほど出て来ないし、歌舞伎向きじゃない…と思えるのですが、プロのとろりんさんの目から見ると、お勧めなのですね。
by ラブ (2007-05-12 12:19) 

★とろりん★

ラブさま
山本周五郎のこの作品は、32年ぶりの上演だったとか。
新歌舞伎にはちょうど良い題材だと思います。そうですね、
とてもシンプルな作品が多いので歌舞伎座の広さでは
少々隙間ができてしまうかも、とちょっと心配でしたが、
そんなことはありませんでした。役者さんの大きさが空間を
埋めていたのでしょうね。
by ★とろりん★ (2007-05-12 14:12) 

mami

とろりんさん、こんばんは。
「勧進帳」で梅玉さんの義経は初めて(たぶん)観ましたが、さすが当代一の義経役者ですね~。團菊に一歩も引けを取らない気品と存在感がおありで、素敵でした。

「源氏店」の最後のラブラブシーン!?私、観たことないかも~。いや~ん、すっごい興味がわいちゃいました。ぜひ次に仁左・玉で上演の時にはやっていただきたいですね!(笑)

海老蔵には不満が残りましたが、昼の部は確かにバランスの取れた演目立てで楽しめましたね。夜の部も楽しみです。

こちらからもTBさせていただきます。
by mami (2007-05-15 23:52) 

★とろりん★

mamiさま
いらっしゃいませ~♪TBありがとうございます。
梅玉さん、良かったですね~、良かったですよね~♪
(ファン馬鹿炸裂)「團菊梅」の実力と役者としての格が
拮抗したからこそ、名品とも言える舞台ができましたね。

>「源氏店」の最後のラブラブシーン!?私、観たことないかも>
>~。いや~ん、すっごい興味がわいちゃいました。ぜひ次に仁>左・玉で上演の時にはやっていただきたいですね!(笑)

いや、あの、たいした事ではないのですが…邸宅を出た後、
また与三郎が戻ってきて、楽しそうに杯を酌み交わすシーンです。
ちなみに仁左・玉では、木更津での逢瀬の場面(今回はカット
されましたが)で鼻血級のラブラブシーンがあるそうですよ。
これは私も見たことがないので、見てみたいです(笑)。
by ★とろりん★ (2007-05-16 08:50) 

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