山本会 [伝統芸能]
2009年11月1日(日) 杉並能楽堂 13:30始
狂言
『入間川(いるまがわ)』 (山本則重)
『呂蓮(ろれん)』 (山本泰太郎)
『米市(よねいち)』 (山本東次郎)
小舞
『祐善(ゆうぜん)』 (山本則俊)
『鮒(ふな)』 (山本凛太郎)
出張から帰った翌日は、杉並能楽堂へ。山本家による狂言の会、山本会を拝見してまいりました。簡単なメモ程度ですが、感想を残しておきますね。
『入間川』
大名/山本則重
太郎冠者/山本則孝
入間の某/山本則俊
【あらすじ】
長年の訴訟がようやく解決し、新しい領地ももらえることになった大名と太郎冠者は、入間川のほとりにやってきます。
対岸にいた入間の某に渡りの案内を請うと、「上へ廻れ」と言われます。入間のあたりには言葉を逆にして使う「入間様(いるまよう)」という方言があることを知った大名は、上へ廻らずそのまま川を渡ろうとしておぼれかけます。
大名は恥をかかされた腹いせに入間の某を成敗しようとしますが、「成敗"する"は、入間様なら"成敗しない"という事ですね」と切り返されて・・・?
【カンゲキレポ】
「入間様」とは、言葉の順序を逆に言ったり、物事や感情を全く逆に言ったりする、入間川付近の方言として伝えられている言葉。例えば怒っていないのに「怒っている」と言ったり、お店で品物を購入するときに言う「これ、くれない」もそうです。昔、入間川が逆流したという伝説に由来するそうですが、はっきりとした根拠はないそうです。
その「入間様」を題材にした、科白のラリーが楽しい一番。
狂言では、特定の地名が出ることはあまりなく、その意味では、実在の地名がバーンと登場する「入間川」は珍しい曲ですね。
大名と太郎冠者が入間川にさしかかるまでの道中は、能舞台の上を往復して表現します。その途中、則重@大名が正面を振り仰いで、「ああ、ここから富士山が見える」と言い、則孝@太郎冠者も「ああ、さようでございますねえ」と言いつつ大名の指し示す方向を2人で見つめる場面があります。
その横顔(今回も脇正面にて観賞)が、長い長い訴訟生活を終えて、ようやく家族の待つ里へ戻れる…という大名と太郎冠者のホッとした様子、これからまた新しい生活が始まる、という希望に燃えている様子が伝わってきて、じんとしてしまいました。
揚幕から橋がかりへと飛び出す則重の若さと勢いが良いですね。先日の『青青会』で拝見した「二千石」の主人のように、若さゆえに癇が強く、一本気なお役を演じさせたらピカイチだと思います。今回も、逆ギレする若い大名役を、強く演じておられました。
青青会で気になった声もずいぶんとクリアになっていて、安心して科白を楽しませていただきました。
太郎冠者の則孝は、四季の花々を描いた優美な肩衣を身に着けて登場。血気に盛る若い主人をなだめながらも、影できっちりお仕えしている風情が、リアルに執事っぽくて萌えました(爆)。この方のスッとした端正なたたずまいは、貴重ですね~。
則俊師は、いや~、もう言わずもがなです。シテとの呼吸の合わせかたと言い、ひとつひとつの型の完成度と言い、全てがパズルのピースをはめこむようにピシッと決まるので、どの科白も、どの型をとっても惚れ惚れします。
特に、大名にあわや成敗されかける場面。片膝をついて頭の高さで扇をかざしてきっと顔を上げ、「これは何をなされまするか」と大名の理不尽なしように抗議するのですが、この型に寸分の隙もなく、さすがの存在感。素敵すぎます。
『呂蓮』
出家/山本泰太郎
男/山本則秀
女/遠藤博義
【あらすじ】
とある出家が、今まで見たことのない都をひと目見ようと旅に出ます。途中、一軒の家に宿を求め、家の男は快く出家を受け容れます。
食事の支度が調うまで、出家に仏教の教えを聴かせてもらった男はすっかり感じ入り、ぜひ自分を弟子にしてくれと頼み込みます。出家は男の髪を剃り落とし、「呂蓮」という法名まで授けます。すっかり意気投合して、一緒に旅に出ようとノリノリな2人。
さて、食事の支度が調ったことを知らせに来た妻は、夫のあらぬ姿に吃驚仰天して・・・?
【カンゲキレポ】
泰太郎@出家の、コミカルでお茶目な表情がとても良かったです。
宿を提供してくれた男に丁寧に説法する人の好さ、男に弟子入りを懇願されて戸惑いながらもちょっと嬉しい気持ち、仰々しい口ぶりと動作で男の髪を剃り落とす場面、妻に責め立てられて弁解する男の言い分を聞いて、「ちょ、ちょっと待ってよ!髪を落としたいって言い始めたのはそっちやんかー!」といった、心外で不服な様子を、くるくると瞳の表情を変えて、いきいきを演じておられました。
お父様(則直師)はもちろん、叔父上にあたる東次郎師の側でもっとも長く教えを受けてきた結果でしょうか、表情の豊かさは若手で一番だと思います。決して崩したり、過剰な表情演技をしている訳ではなく、自然に出てきた表情というのでしょうか、無邪気で自然な表情が素敵です。
出家が、男の言い訳に聞き耳を立てては、「これはいかなこと」と不服そうに言う場面が何度かあるのですが、これが個人的にツボでした(笑)。以来、仕事中やプライベートで驚いたり、モヤッとした事があると、心の中で「これはいかなこと」とつぶやいている自分がいます(笑)。
則秀@男は、能『砧』を意匠にした肩衣を身につけて登場。この男もきっと、妻には頭が上がらないんでしょうね~(笑)。芯のぶれない、ピシッとした舞台でした。
博義@女は、小柄な体躯ながらとてもパワフルで、でも品がきちんとあって好演。少ない出番ながらしっかりと場を盛り上げてくれました。
『米市』
男/山本東次郎
有徳人/山本則直
通行人/山本則秀、山本泰太郎、山本則孝、加藤孝典、山本凛太郎
【あらすじ】
年を越す余裕もない男は、いつもよくしてくれる有徳人(裕福な家の人)を訊ね、わずかながら米の入った俵と、妻へ土産にと古着をもらって帰ります。
俵を背負った上に小袖を着せ掛けたその姿は、まるで誰かをおぶっているかのよう。有徳人は「誰を背負っているのかと聞かれたら、"俵藤太殿の御娘御、米市御寮人"と答えると良いだろう」と洒落た冗談を言います。
有徳人の施しのお陰で、貧しくとも心に少し余裕が出来た男は、帰りに通りすがった若者達から「その背に背負っているのは誰か」と訊ねられ、有徳人に言われた通り、「米市御寮人」だと答えます。
ところがその答えを聞いた若者たちは、吃驚しながらも興味津々。本物の米市御寮人は、たいへんな美人だと噂されていたのです。若者達は「せっかくだから米市御寮人にひと目お会いして、酒のお酌をしてもらいたい」と言いだします・・・。
【カンゲキレポ】
山の影に沈んでゆく夕日を見上げるような、なんとも切ない、そして温かいものがあふれた舞台で、思わず涙ぐんでしまいました。恐るべし、東次郎マジック!!(←勝手に師のせいにしてみる)
歌舞伎や落語の人情噺では、年越しを舞台にしたお話がありますが(「文七元結」とか)、狂言にも、武家でも僧でもない、本当の庶民の生活を描いた曲があるのですね~。とても新鮮でした。
東次郎師の男は、なんとも人なつっこく、嫌みがありません。家系は相当に苦しく、有徳人のもとへ施しを乞いに行くわけですが、なんとも言えない飄々とした人柄で、ついつい面倒を見てしまいたくなるような風情。少ないながらも年を越すには充分の米と、妻への土産をもらって、心にゆとりができた様子が、本当に微笑ましくて細やかな表現。こちらまで、「ああ、本当に良かった」と思ってしまいます。
歳暮の挨拶回りをしている若者連中の様子を遠くから眺めて、ちょっと羨ましいなぁ…と思う表情(「私どもの時代には独身貴族なんて言葉がありましたし、家庭とか持たない若い連中のほうが羽振りは良いんですよ」 By東次郎師)の、切ないこと。その後、「ん。」と思い切った様子で、俵と古着をぎゅっと握りしめて家路を急ごうとする姿には、貧しいながらも懸命に生きる人たちの姿が重なり、ぐっときます。
男@東次郎の科白を受けて、橋がかりに登場するチームヤング(…そこはかとなく死語っぽいかほりがするのは…気のせいです)の皆さん。ハリのある声をあげて、それぞれに美しい裃をつけて橋がかりにずらりと並ぶ姿は、それだけで華やかで若々しくて、眼福です!!
特に今回は、則秀さんが!則秀さんがぁーっっ!!(サービスで2回叫んでみました)(何のサービス?)
則秀さんが、思わず目を瞠るような美丈夫ぶり。容姿は勿論ですが、押し出しの強くて、華やかな空気がその身に漂っていて、目を奪われました。若草と白の段熨斗目に、鬱金色(かな?)の裃という出で立ちで登場しただけで、若さに満ちあふれた、溌剌とした若者ぶり。仕事も遊びも全力で楽しむ若手商社マン(またも死語?)を思わせる、鮮烈な存在感でした。
有徳人から教えられた通りに答えたばっかりに、チームヤングと手合わせすることになる男。この男も気持ちに余裕ができたためか、肩から下ろした俵に古着を着せ掛けて、さもそこに女人が座っているかのように見せかけて対応するなど、からかいが過ぎます。でも東次郎師だから良いんです~(謎の断言)。
手合わせをしているうち、若者の1人(則秀)が「米市御寮人」の正体を見破ります。女人ではなく、わずかな食糧と古着と分かり、若者達は「なぁーんだ、ただの古着にちょっとの米だったのかよ~」という感じで、男を笑いながら立ち去ります。
若者達の後ろ姿を黙って見送った後、ふと間があって、「…それじゃによってな、これはわしにとっては大切な年取り物じゃ」と呟き、再び米俵を古着で優しく包み込んだ後、抱き上げて、慈しむかのように両腕でぎゅっと抱きしめた後、大事そうに、大事そうに米俵と古着を抱きかかえて去っていく男…。
その姿に、思わず涙がこぼれそうになりました。
哀れだとか、悲しいとか、そういう気持ちではなかったのですが…。夕暮れを見るときの、ちょっと寂しいけれど、でもちょっと温かい気持ちというか…切ないけれど、優しい気持ちというか…。心地よい涙でした。
貧しかったり、生きることに苦労しているけれど、それでも帰るべき場所がある。必ず、自分を待っていてくれる人がいる。その人の為なら、その人との場所を守るためなら、どんな苦労でもできる。
米俵と古着を抱えて真っ直ぐに前を見つめ、一歩一歩をかみしめるようにゆっくりと去っていく東次郎師の姿に、人生の苦さと優しさが伝わってくるようでした。
東次郎師…大好きですっっ!!(突如暴発)
小舞『祐善』(山本則俊)
月の光のように清冽で真っ直ぐな則俊師の小舞は、本当にキレがあってしなやかでカッコイイです。傘を小道具に使う曲なのですが、俊敏で無駄がなくて、呼吸をするのも忘れてうっとり。
小舞『鮒』(山本凛太郎)
先日の青青会では休演してしまった凛太郎くん。若干16歳とは思えない俊敏な足の運びと伸びやかな腕の動きは、何ですかあれは!(逆ギレ)
数年前に拝見した小舞『御田』では、上にかざした腕をスーッと広げただけで、白玉椿の花が能舞台一面にバッと咲き広がったような錯覚すら抱かせ、「末恐ろしい子!」(By月影先生)と驚嘆した凛太郎君の小舞。ますますバージョンアップしております。
今回も、もちろん終演後に東次郎師の解説がありました。
最後の演目でシテをお務めになった後、超早替わりで紋付きに着替えられ、汗をふきふき、パタパタと登場していらっしゃった東次郎師のお茶目なお姿はとても心に残っているのですが…。
旅疲れでしょうか、どんなお話をしてくださったのか、ありえない程に記憶が抜け落ちてしまっておりますので、今回は割愛させていただきます…。(「独身貴族」の件だけはきっちり記憶に残っておりました。)ごめんなさい、東次郎先生!
そんな山本会、年明けにはこんな公演があります。
↓
『ハゲマス会 第11回狂言の会 大蔵流山本家三兄弟とともに』
2010年1月24日(日) 14:00開演
川崎市麻生文化センター(小田急線「新百合ヶ丘」駅)
【番組】
・佐渡狐 (泰太郎)
・樋の酒 (東次郎)
・舞囃子 神舞
・唐相撲 (則俊、則重、則秀)
なんと、(とろりん的に)あの伝説の「唐相撲」が、ついに!!ついに登場です!!30人近い出演者が能舞台を駆け回り、動き回るというたいへんに賑やかで豪快な曲ときいています。
今回の「唐相撲」は、山本会だけではなく、山本家がワークショップや稽古などで指導しているお弟子さんなどもたくさん参加されるのでしょうね。
今からすごく楽しみです!
狂言の演目、まだまだ知らないものがいっぱいです。
とろりんさんブログで、勉強してます。
by ラブ (2009-11-13 09:11)
ラブさま、
nice!とコメント、ありがとうございます!!
狂言の曲は200番あると言われています。私もまだまだ知らない曲だらけ。群馬県高崎市では、山本東次郎家の出演で、何年もかけて狂言200番を連続して上演するという企画公演を行っていたりします。・・・見に行きたい・・・(笑)。
by ★とろりん★ (2009-11-14 14:10)