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歌舞伎座二月大歌舞伎 夜の部 [歌舞伎]

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思いだしたことをとりとめなく書き留めておりますが…。よろしければご覧ください。


■壺坂霊験記

目の見えない夫(三津五郎)と、その身をいつも心にかけている優しい妻(福助)の愛と絆が奇跡を起こす、実写版「日本むかし話」のようなお話です。

そんな都合よいこと、あるわけないよね~と思いつつも、個人的にはハッピーエンドで幸せな気分になるので、結構好きなお話です。いちばん好きなのは、仏さまのご加護で目が見えるようになった三津五郎が、自分の妻の美しさにびっくり仰天しつつ、「お初にお目にかかります」と挨拶するシーン。ほのぼのとした気分になります。

そして、いちばん最後。2人仲良く花道を去っていくのですが、夫の三津五郎はこれまでの癖で杖をついて歩いていこうとします。そんな三津五郎に向って福助が言う、「お前、もう杖は要らぬじゃないわいなぁ…」という科白に、思わずホロリ。冗談めかして言ったつもりが、その言葉の重さについつい涙があふれてしまう妻の姿に、これまでの苦労、そしてそのすべてを覆してしまう程の喜びの大きさが伝わってきて、こちらまでじ~~~んときました。


■高坏(たかつき) 

まずは、「松羽目」ならぬ「桜羽目」の華やかさ、晴れやかさに大きなどよめきが。歌舞伎ならではの華、ですね。一瞬にして観客の心を舞台に惹きつけてしまう装置や演出を、歌舞伎は本当によく考えられていると思います。

この作品の舞台は、京都周辺。「摂州三島の高槻(たかつき)団子」という語句が出てきます。外題(=「高坏」)とかけているのでしょうが、その土地出身の身としては、思わずニンマリ。

一度は観てみたいと思っていた、勘三郎の下駄タップ。軽やかなリズム感と重力を感じさせないステップに惚れ惚れしました。この月は、ちょうどバンクーバー五輪真っ最中でしたので、フィギュアスケートのスパイラルや「靴ひもアクシデント」(高槻の星・・・無念でした・・・)などがアドリブで入ってました。

勘三郎さんは、陽性の魅力にあふれる役者さんですよね。いるだけで、舞台がパァァーッと明るく華やかな気分になります。こんな明るい魅力を持つ勘三郎さん、次の幕ではどんな次郎左衛門を演じるのかしら・・・とドキドキしました。

■籠釣瓶花街酔醒

まず花道から七越、そして上手揚幕から九重の花魁道中が舞台を横切っていき、最後に、舞台中央に立つ今と盛りと咲き誇る桜の影から八ッ橋の花魁道中が現れる・・・というこの場面。

これも、歌舞伎の醍醐味と言える演出ですよね~!!七越、九重、八ッ橋と、花魁道中の規模や道中の人数、華やかさもグレードアップしていくのですが、それに合わせて、次郎左衛門の気持ちと同じように、観客の気持ちも高揚していくのですよね。

そしてとどめをさすのが、八ッ橋の浮世離れした美しさ。この美しさゆえに次郎左衛門も、そして彼女自身すらも破滅の道を進んでしまいます・・・。

「八ッ橋の笑い」の場面。とても妖艶で、でも優しくて、「魅入られる」とはこの事なんだな、と思い知りました。女の私ですら思わず息をのんだほどですから、その場で、間近でその微笑みを見てしまった次郎左衛門が、魂を抜かれてしまったような心持になるのも納得がゆきます。

玉三郎の美しさは言うまでもなく、どんどんエスカレートしてしまう女の性(さが)のありようが、本当につらくて、やるせなくて・・・愛想尽かしの後に吐き出すようにつぶやく「わちきゃ、つくづくいやになりんした」という科白にやるせなさ、哀しさ、諦めが込められていて、涙があふれました。

九重の魁春は、本当に穏やかで、優しい女性で。八つ橋が女の持つ激しい部分を表現しているのであれば、九重は女の優しさ・温かさを表現しているのかな、と思います。

満座の中で八つ橋に愛想尽かしをされ、居合わせた同業者にも馬鹿にされ、芸妓や幇間持などすべての人が、まるで潮が引いていくように次郎左衛門からスーッと離れて行った中、九重だけはその場に残り、羽織を次郎左衛門に着せかけます。その手つきの優しいこと。そして、「また店に遊びに来てくださいね」と声をかけてから部屋を出ていく時も、最後の最後まで、背中で次郎左衛門の気配を心にかけている様子が伝わってきました。

加賀屋・・・本当に素晴らしい舞台でした。

勘三郎の次郎左衛門は、愛嬌があるなぁ、というのが最初の印象。いつでもニコニコとしています。でも、その次郎左衛門の笑顔は、どんどん恐ろしくなっていきます。なんて言うのでしょう…。八ッ橋と出会い、茶屋に通い始めた頃のウキウキとした笑顔、栄之丞の姿を見つけて不安になりながらも笑顔を絶やさず、八ッ橋の愛想尽かしも、最初の時まで困ったような笑みを浮かべていて…。その笑みが凍りついた時、彼は声を振り絞ります。

「おいらん、そいつぁ袖なかろうぜ…」

この科白が、これほどまでに狂おしく聞こえたことはありません。なのに哀しくて、胸が締め付けられる思いがしました。

最期の場面。美しくも凄惨な、次郎左衛門による八ッ橋殺し。次郎左衛門に斬られた八ッ橋は、ぐぅーっと背中を反らしてややあった後、羽織っていた打掛がハラリと肩から抜け落ち、その空蝉が床に滑り落ちるかいなかの瞬間に、玉三郎の体も静かに崩れていきます。そのあまりの儚さ。言葉がありません…。

栄之丞を演じた仁左衛門。水も滴る男ぶりというのは、まさにこの方のためにあるような言葉。どこから見ても美しく男前。八ツ橋に次郎左衛門とのことを責める場面は、どうにもならぬ甘ったれな部分がほどよく出ていて、ため息が出てしまいます。

人間の業と哀しさ、吉原という世界の華やかさと闇が痛いほどに伝わってくる一幕でした。


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mami

勘三郎の「籠釣瓶」よかったですね。玉三郎の八ツ橋もさすがに絶品でした。
勘三郎にはこの調子で古典にもっと頑張ってほしいと思います。

ところで、とろりんさん高槻ですか!?実は私も実家は高槻なんですよ!!すごい奇遇ですね~、びっくりです。
by mami (2010-04-14 01:02) 

★とろりん★

mamiさま、

nice!とコメント、ありがとうございます!!

籠釣瓶は、本当に適材適所の配役で、どっぷりと作品の世界に浸る事ができましたよね~。実はワタクシ、あまりにも入り込み過ぎたのか、観劇に根を詰めすぎたのか、帰りの電車で気分が悪くなり、あわや駅員さんの御世話になるところでした(苦笑)。

>>実は私も実家は高槻なんですよ!!

なんと!! mamiさまもご実家は高坏、じゃなくて(ベタ)、高槻なのですか!?なんとまぁ、ものすごい奇遇!大学の専攻と言い、実家と言い…不思議なご縁に感謝☆ですね~。これからもよろしくお願いいたします!
by ★とろりん★ (2010-04-14 08:25) 

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