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山本則直一回忌追善 山本会別会 [伝統芸能]

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2011年4月16日(土) 国立能楽堂 13:30始

【番組】

『翁』

狂言『花子
(はなご)


仕舞『江口』『融』
一調『楽阿弥
(らくあみ)


狂言『東西迷
(どちはぐれ)

狂言『鬮罪人
(くじざいにん)


「能楽は鎮魂と招福の芸能です。亡くなられた皆様のご冥福と被災地の一日も早い復興を祈りながら、一つ一つの舞台を心を込めて勤めていきたいと存じております。」
(『山本会別会』公演プログラム 山本東次郎師「御挨拶」より引用)

山本家三兄弟のおひとり・山本則直師の一回忌追善として開催された山本会別会。今回の番組は、則直師がお亡くなりになる前から計画されていたそうです。ロビーには、在りし日の則直師の舞台写真が、お花に包まれて置いてありました。

毎回、常に盛りだくさんで全力な山本家の舞台ですが、今回は披きが2番に、東次郎師による名品『東西迷』に、総出演な『鬮罪人』と、さらにさらにボリュームが凄いです。メインディッシュばかりのフルコース、みたいな(笑)。さすが山本家。

* * *



翁/狩野琇鵬(代演:狩野了一)
千歳(せんざい)/山本則孝
三番三(さんばそう)/山本凛太郎

笛/松田弘之
小鼓/鵜澤洋太郎、坂田正博、飯富孔明
大鼓/柿原崇志

則直師の孫・凛太郎による三番三の披き(初演)。まだ17歳の少年が、彼の年齢・キャリアではとうてい及ぶはずのない芸の高みを、極みをひたすら目指し死力を尽くして舞うということはこういう事なのか、と心が震えました。

舞い納めた後、呼吸の乱れを抑えながら、揚幕の内へ戻る凛太郎の足取りが本当に心もとなくて、途中で倒れてしまうのではないかと本気で心配したほどです。まさに、「入魂」の舞台でした。

三番三の舞で、鈴を振りながら足拍子を踏み鳴らす場面があります。鈴の音は浄化の力があり、神を呼び込む力があると言われています。また足拍子は大地を踏みしめ、五穀豊穣への祈りが込められています。後半の大切なハイライトで、ここでも凛太郎は全力で勤め切りました。

汗だくで歯を食いしばりながら、力を込めて鈴を鳴らし、舞台を力強く踏みしめる凛太郎の舞台を一心に見つめながら、彼の狂言方としての未来が、そして彼がこれから生きていく日本の未来が、どうか光にあふれたものでありますように、と願わずにはいられませんでした。

天下泰平・国土安穏を祈り、生命の恵みに感謝し五穀豊穣を願う『翁』。今、この時期にこの舞台を拝見できたことに、不思議なめぐり合わせを感じます。


狂言 『花子』

シテ(夫)/山本則重
アド(太郎冠者)/山本則俊
アド(妻)/山本則秀

続いての舞台は則重による『花子』の披き。

全体的に、則重も則秀も落ち着いた出来だったと思います。むしろ、なんか温度が低いな~という印象を受けました。

何と言うのかな、東次郎師や則俊師の演じられる『花子』には、募る恋の高まりや、ヤキモチと怒りに身悶える妻の可愛さに、「うふふ、恋って良いもんだよね[黒ハート]」みたいな心浮き立つような思いでいっぱいになるのですが、そこまで感じられなかったというか。

花子との逢瀬から返ってきた男が、ほろ酔い気分で謡をうたう場面も、とても良いクリアな声でなめらかに謡っていて、きっちりこなして良い出来だなぁとは思ったのですが、その姿から「女性との逢瀬から帰ってきた」という色気は感じられなかったような…。

これはもう、舞台での経験値の差、としか言いようがないでしょうね。

東次郎師・則俊師から稽古で教わったことをきっちりと舞台で出せている、というのは伝わってきましたが、そこからさらに、則重自身にしか出せない「香気」が舞台に満たされ、あふれていくのは、これからでしょうから。

でも、でもこれだけは言わせてくださいっ!

花子のもとへ出かけていく為に、男が走り去っていく場面。橋がかりから揚幕の内へ駆け込んでいくのですが、もっと、もっとウルトラ光速ではけて欲しかった~!!(←そこ?)

超ウルトラハイパー光速で駆け抜けていく東次郎師や則俊師の舞台を見慣れてしまっているせいか、則重さんはあまりにゆっくりだったので、若干ショックでした(苦笑)。あそこを、ものすごい速さで駆け抜けていくことで、男がどれだけ花子に逢いたくてたまらなかったのか、が伝わってくると思うので…。若い方には、長袴は扱うのが難しいのかな?


仕舞 『江口』(友枝昭世)
仕舞 『融』(塩津哲生)
一調 『楽阿弥』(山本則俊/鵜澤洋太郎)


出ました、則俊師によるバリトンリサイタル!黒紋付に袴というシンプルないでたちで、『楽阿弥』を謡われます。凛と声の張る則俊師の謡。すっかり聴き惚れてしまいました。

『楽阿弥』は故・則直師が得意とされていた曲で、平成17年には芸術選奨文部科学大臣賞を受賞されました。この時の贈賞理由に「(三兄弟によって演じられた狂言は)まさに一人も欠くことのできぬ息の合った名演」とあり、また胸がつまりました。

『樋の酒』や『呼声』は、文字通り「一人も欠くことのできぬ」山本家三兄弟ならではの名舞台でした。大らかで朗らかな則直師の舞台。山本家の舞台を拝見するたびに、必ず則直師の舞台を思い出す自分がいます。


狂言 『東西迷』

シテ(住持)/山本東次郎

5年前の山本会
で拝見し、「狂言ってすごい!!」と心から感動した舞台。5年ぶりの再会でしたが、今回もしみじみとした感動の時間を過ごすことができました。

多額のお布施をもらえる有力者の法要と、いつも決まって訪れる檀家を訪れる日をダブルブッキングしてしまった住持。どちらを優先するのか迷いに迷って、住持が出した結論は…?

日常生活でも、こういった場面に自ら遭遇してあれこれ迷うことってありますよね~。もっともらしい理由をつけながらも割り切ることができず、右往左往してしまう住持の姿と自分の経験を重ね合わせて、思わずくすっと笑ってしまいます。

結局、どちらの招待にも間に合わず、「どちにもはぐれ」てしまった住持。ここから終幕に向けて描かれる住持の心のありようが、私は好きでたまりません。

あれこれと理由をつけながらがっかりした心をなだめつつ、お寺でのお勤めを淡々と進めていく住持。夕刻の鐘を打つシーンは、東次郎師の「ゴォォーン、ゴォーン」という高らかなで張りのある声とともに繰り出される一連の動作には隙や無駄がまったくなくて、惚れ惚れします。

そして、住持の眼差しは静かに暮れていく夕陽を見つめていて。ふとした瞬間にかすかな失望と寂しさが見え隠れして、その人間らしさがますます切なくなります。

「今日はなかなか面白うて、良き一日であった」。静かに呟いて、そっと去っていく住持。人間という存在に対する深い愛おしさ、優しさ、慈しみをしみじみ実感する一曲です。


狂言 『「鬮罪人』

シテ(太郎冠者)/山本泰太郎
アド(主)/山本則孝
立頭(客人)/山本則俊
立衆(客人)/山本則秀
立衆(客人)/遠藤博義
立衆(客人)/平田悦生
立衆(客人)/鍋田和宣
立衆(客人)/山本修三郎
立衆(客人)/若松隆

最後の狂言は、則直師の御子息・泰太郎と則孝が中心となった賑やかで明るい舞台。

祇園祭の世話人となった主人は、客人を集めて山鉾の出し物の相談を始めます。そこで主人の召使が「地獄で鬼が罪人を責める場面」という趣向の出し物を思いつき、採用されることに。それぞれの役割はその場で鬮(くじ)で決めることになりました。ところが、何と主人が「罪人」、太郎冠者が「鬼」の役を引き当ててしまいます。太郎冠者は稽古にかこつけて、罪人役の主人を本気で打ちすえます。

…という、狂言の曲にはよくある(?)、太郎冠者がご主人をやりこめるあらすじ。途中から謡やお囃子も入るので、にぎやかで華やかな雰囲気が楽しめる一番です。

泰太郎演じる太郎冠者は、しっかり者で頭の回転が速い召使、という様子がよく伝わってきて、それだけに頑固なご主人に苦り切っているところも伝わってきて、ついついニマニマしながら観てしまいます。

対する則孝の主人は、頑固な感じがよく出ていて、こちらも微笑ましい。鬮の結果にわずかに表情を変えながらも、「鬮は見ません」と、あくまでもしらを切ろうとするするところに、ご主人の強情さがよく出ていました。

空気が張り詰めたような緊張感に包まれた『翁』と『花子』、東次郎師の屈指の名演『東西迷』と、思いっきり集中力を使った後でしたが、『鬮罪人』は肩の力を抜いて、リラックスして楽しむことができました。満足、満足☆


* * *


毎回、山本家の会では集中力を使い果たしてかなり燃え尽きるのですが(苦笑)、今回は燃え尽きるのと同時に、新たなエネルギーが身体の内から湧き出てくるような感覚を覚えました(←ふ、不死鳥…?)。

今日一日を、この一瞬一瞬を全力で生きよう、あらためてそう決意した一日でした。


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