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春狂言2012 第一日 [伝統芸能]

2012年4月7日(土) 国立能楽堂 14:00開演

京都に本拠地を置き、やわらかく明るい芸風が印象的な、茂山家。

東京を本拠地として、幕府式楽の伝統を受け継ぎ質実剛健の芸を真髄とする、山本家。

茂山家主催公演『春狂言2012』第一日目に、山本東次郎師がゲスト出演。『地蔵舞』のシテを勤めました。

大蔵流というひとつの流派に属しながら、その舞台の質感や芸風は対極にあるようなお家同士。その片方のお家の主催公演の中で、もう片方のお家の当主が1演目のシテを勤めるという、めったにない機会です。


お話 (茂山宗彦)

学生時代から人気に火がついて、若い頃はドラマやドキュメンタリーで引っ張りだこだった宗彦。爽やかな笑顔は健在ながら、良い意味で落ち着きが出ていました。「一生狂言に取り組んでいく」という決意と覚悟がご自分の中できっちりと形を成してきたのだなぁと思います。

この時間では解説をされるのかと思いきや、「(あらすじや解説は)もうお手元のパンフレットに書かれてあることを読んで頂ければそれでええと思いますので・・・」と、あっさり省略。「最近の茂山家」のお話を中心にしてくださいました。

中でもいちばん面白かったのは、宗彦にとっては甥っ子にあたる逸平のお子さんの事。

今年3歳になる逸平ジュニアも狂言に興味が湧いてきているようで、舞台のDVDをせがみ、「まってまって(=舞って舞って)」とパパやおじさんにせがむのだそうです。ところがその希望というのは、野村萬斎さんが舞う「三番叟(さんばそう)」。「まんしゃいしゃんのしゃんばしょう」って言うんですって。可愛い~!

ここで「ふふふっ」と微笑みをもらされた方は、かなりの狂言通でいらっしゃいますね~☆

そう、「三番叟」と言えば各家でも大曲中の大曲。そして茂山家は大蔵流で、野村家は和泉流。お流儀が違うので、演出や細かい決まり事も違うのです。ということは、茂山家の内で、野村家の「三番叟」を舞える人はいないわけです。困ったのは周囲の大人たち(笑)。

どうせなら、茂山家の「三番三」を見てほしい…(※大蔵流では「三番三」と表記します)ということで、「ウチの三番三、見よな~」とやんわり誘導を試みるのですが、「いやや、やっぱり、まんしゃいしゃんのしゃんばしょうがええ」と、頑なに主張。大人が根負けする日々が続いているようです(笑)。

そういえば!

東次郎師の大甥で、今や若手狂言師の第一歩を歩み始めている凛太郎も、幼子の頃から「三番三」にものすごく興味を持って、「シャンバショウ、シャンバショウ」と言いながら
録画を繰り返し見ていたというお話を、『山本会 別会』のプログラムで読んだことがあります。東次郎師が鈴を作ってあげると、嬉しそうに振りかざして舞台を駆け回っていたとか。

三番三は特に物語もなく、祝舞的な要素がとても強いのですが、力強い足踏みとか鈴を振るしぐさなどが、幼い子どもたちの目にはとてもカッコ良く写るのでしょうか?まだ理論を組み立てる能力を育む前の段階にいる子どもの心を奪うのは、感性に強く訴えかける感覚的な力なのでしょうね。


狂言 『鶏聟(にわとりむこ)』

舅/茂山千五郎
太郎冠者/鈴木実
聟/茂山茂
教え手/松本薫
地謡/茂山あきら、茂山宗彦、丸石やすし、増田浩紀

茂山家の舞台を拝見するのは2度目。しかも初見は『狂言風オペラ フィガロの結婚』という異色の舞台でしたので、狂言をきちんと拝見するのはこれが初めてです。

舅に挨拶するときの流儀を面白半分に教えられてしまった聟。鶏のまねをしながら挨拶してくる聟に気を遣って同じように鶏の真似をする舅のコミカルでシニカルな掛け合いが見どころです。

茂は勢いの良さが裏目に出たのか、力任せに声をだしているような印象を受けました。張り切って声を出しすぎているために、聴いているこちらはウワンウワンと耳鳴りが鳴るように響くんですね。せっかくの科白が聞き取れず、残念でした。発声がきちんと出来ているのは素晴らしい事ですから、後は、「空間の大きさ」に合わせて声量をコントロールできるようになると良いですね。

千五郎はさすがの手堅さ。発声も抑揚がきちんとつけられていて、心地よい低音が耳に気持ち良かったです。「
殿はきっと、心ない人に嘘を吹き込まれてああいう動きをしているんだ、だからお前も絶対に笑ってやるな」と、召使いの太郎冠者に言い含めるところなどは、突然の事態に戸惑いながらも舅としての思いやりをきちんと見せていて、素晴らしかったです。


狂言 『地蔵舞』

出家/山本東次郎
主人/茂山あきら
後見/茂山千五郎

さぁ、やってきました!(とろりん的に)本公演のメインディッシュ!

配役をご覧いただければ一目瞭然なのですが、山本家からの出演は東次郎のみ。

例えば、お家同士の他流試合でしたら「この曲は茂山家、この曲は山本家」という感じで、曲ごとにそのお家の演者で固めるという形式は観たことがありますし、国立能楽堂25周年記念公演の際には『唐相撲』に茂山家と山本家から複数の演者が出演しましたが、シテだけを別のお家の当主が勤める、という形式を観るのは初めて。

茂山家のファンの方々に、東次郎師の舞台はどのように映るのかしら・・・と、ドキドキしながらの観劇。スリリングでありながら、とても胸躍る一幕でもありました!

旅の途中、一夜の宿を求める修行の僧。主人に一度は断られますが、機知に富んだ意趣返しで気に入られ、泊めてもらえることになります。お酒を酌み交わした僧と主人は意気投合、謡えや舞えやの陽気な酒盛りが始まります。

アドを勤めるあきら師が、この曲のシテ(=主演)である東次郎師のやりよいように、師の
テンポやリズムに寄り添って舞台をお勤めになっていた様子が見えて、とても胸が熱くなりました。

軽妙洒脱な茂山家の舞台と重厚で緻密な山本家の舞台。お互いがお互いの個性を主張しようとすれば空中分解しかねないのですが、お互いの個性を尊重し合う事で、静と動の空気感が見事にマッチして絶妙な緊張感のある舞台となりました。その緊張感がたまらない!みたいな(笑)。

東次郎師の出家は、旅を続けてきたとわかる、揚幕から出てくる際の厳しい表情と、宿を得て、主人に酒をふるまわれてすっかり陽気になる表情やしぐさの切り替えが味わい深いです。「お酒は飲んではいけませんが、吸うぶんには構いませぬ」とか、お茶目な言動に笑いが止まりません。

酒盛りが進むうち、すっかりうち解けたご主人に舞を所望され、「舞は不調法でござる」と言いつつも、ひとさし舞い始めるとその圧倒的なキレの鋭さと端正すぎる動き!さすが東次郎師・・・。揺るぎない安定感に感動してしまいます。

後見は茂山家当主、千五郎師。空気のように自然で安心感のあるたたずまいが印象的でした。


狂言 『首引』


鎮西に縁りの者/茂山宗彦
親鬼/茂山千三郎
姫鬼/丸石やすし
眷属鬼/松本薫、増田浩紀、鈴木実、茂山茂
後見/茂山あきら

最後の曲は、イケメンと、かわゆい姫鬼と、娘のことが可愛くて仕方ない親鬼とゆかいな仲間たちのお話しです(笑)。

鎮西というのは、剛腕・強弓で知られた源為朝のこと。その血筋の者ですから、もちろん顔だけでなく力も相当なもの。その男が上洛途中に鬼に遭遇。男の美男ぶりに、鬼は自分の娘である姫鬼の「食い初め」の相手にしようと思い立ちます。

男は「腕押しに負けたら食われましょう」「脛押しに負けたら以下略」などと申し出ますが、剛腕を誇る鎮西の血をひくだけあって、ことごとく姫を打ち負かしてしまいます。そこで親鬼は手下の鬼も総動員して「首引」の勝負をすることに。

この何とも言えないにぎやかさと明るさが、良いですねえ☆(←出だしは若干おどろおどろしいのですが)

首引の場面は、白いひもをまるで電車ごっこをするように首にかけて、親鬼の「ひけや~、ひけや~、鬼ど~も~」という音頭で能舞台を練り動くのですが、その陽気さがまた楽しい曲です。時々、「姫は肩が弱いぞ」と言いながらさりげなく
加勢しようとして若者に振り飛ばされている親鬼がまたラブリーでした(笑)。鬼だの人間だの種族など関係無しに、親というのは、子どもが可愛いものなのですね~。


* * * * *

満開の桜の季節、ゆうらり柔らかな気持ちで楽しめた舞台でした。茂山家の皆さん、お疲れ様でした!


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