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【ご案内】 観世会定期能にハッピーアワーチケット登場 [伝統芸能]

最近、お能関係の記事が多くなってきましたね[あせあせ(飛び散る汗)] 今回も、皆さんをお能の世界へ引き込むべく、ご案内をさせていただきます。

居酒屋などで、決まった時間だけドリンクやフードメニュー等の料金を割引するサービスを「ハッピーアワー」と言います。なんとなんと、お能の公演でもハッピーアワーが登場することになりました。

観世流シテ方の能楽師によって構成されている観世会では、「観世会定期能」次回公演(9月6日)より、最後の演目だけ低料金で観賞できる「定期能限定 ハッピーアワーチケット」(一般自由席3000円、学生1500円)を導入するそうです。

詳しくは、コチラのページへ♪
観世会公式ウェブサイト 定期能限定《ハッピーアワーチケット》販売決定

観世会定期能は、能3番・狂言1番・仕舞3~4番という番組構成。「ハッピーアワーチケット」購入者は2番目の能が終了した休憩時間に入場し、最後の能と仕舞を観ることができます。お能の最後の演目は動きも激しくて見応えのあるものが多く、初心者でも楽しむことができます。

お能の公演って、敷居だけではなくチケット代もちょっとお高めなんですよね…[あせあせ(飛び散る汗)] でも、この「ハッピーアワーチケット」は、歌舞伎や宝塚歌劇のいちばん安いお席とほとんど変わらないし料金ですし、初心者でも「ちょっと観てみようかな」と気軽に思えますよね。

最後の演目は分かりやすくて有名なお能がかかることが多いので、「ハッピーアワー」の回数を重ねることによって、お能をより身近に感じる事も出来そうです。

「ハッピーアワーチケット」は、空席が出た場合、当日券での販売に限られるので、事前に必ず、能楽堂へお問い合わせくださいね。

観世能楽堂:03-3469-5241
※空席状況は、観世会公式ウェブサイトでも確認できるそうです。
観世会公式ウェブサイト

このような企画が能楽界全般にどんどん広がって、少しでも能楽堂に足を運ぶ機会、能にふれる機会が増えたら良いなぁ、と思います。

観世能楽堂


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国立博物館教育イベント 狂言 [伝統芸能]

2009年8月12日(木) 国立博物館平成館大講堂 13:30開演

【番 組】

『蚊相撲(かずもう)』 (山本東次郎)
『蟹山伏(かにやまぶし)』 (山本則俊)
『神鳴(かみなり)』 (山本則重)
解説~小舞『七つになる子』 山本東次郎

国立博物館では、9月13日まで「狂言の面と装束」という展示を開催中。(詳しくは、コチラをご参照下さい)その関連イベントとして開かれた狂言公演に足を運びました。

「教育イベント」とのことでしたので、小中学生が多いかな…?と思っていましたら、全体の8割強は成人(私も含めて)。小学生、中学生はちらほら~と見える程度。夏休み真っ盛りだし、みんな動物園に行っちゃったかな?

国立博物館に、このような講堂があるとは知りませんでした。客席数は約390席。国際会議やシンポジウムなど手元に資料が必要となる状況にも対応できるよう、全ての客席に収納折りたたみ式のボードも設置されています。ただ、座席は並行配列なので、ステージは少々見づらいかも。より見やすいお席を探して、しばらく場内をあちこち探索していました(笑)。

博物館の展示に合わせてのイベントなので、かかった演目すべて、面を使用する曲がそろっていました。狂言3番、解説の後には大サービス、東次郎師による小舞で締めくくり。常に全力の山本家、この日も全力でファンを楽しませて下さいました。



『蚊相撲』
大名/山本東次郎
太郎冠者/遠藤博義
蚊の精/山本則秀


【あらすじ】

相撲が流行る当世、さる大名も相撲取りを召し抱えようと考え、太郎冠者を都へ使わします。太郎冠者は、都へ向かう道中で、相撲取りとして召し抱えられたいと言う男と知り合い、家へと連れ帰ります。ところが実はこの男、相撲にかこつけて人間の生き血を吸わんとたくらむ蚊の精でした。大名は男と相撲を取りますが、生き血を吸われて失神。男の正体を見破った大名は、蚊が風を嫌う習性を利用して、ある秘策を考えます。

【カンゲキレポ】

東次郎師がシテを務める舞台を拝見するのは、昨年の国立能楽堂25周年記念公演『花子』以来。(その時の記事は、コチラ)まぁ、山本家の公演では、最後の解説の際に必ず出ていらっしゃるので、そんなにお久しぶりな感じはないのですが(笑)。

最初の出の悠々とした雰囲気。新しく相撲取りを召し抱えようとして太郎冠者に「いかほど召し抱えますか」とたずねられて、見栄を張って「1000人!」と思わず言ってしまうある種の無邪気さ。蚊の精にいざ目通り、という時にもちょっとした小芝居をして、自分と家を大きく見せようとするおかしみ。ひとつひとつの何気ない科白や型は自然でいて、大らかで。東次郎師の舞台には、優しさがあふれています。

対する太郎冠者の遠藤は、ちょっと見栄張りの主人の性格を心得ていて、家の細々としたことをきっちり取り仕切っているんだろうな~、という雰囲気。テキパキとした舞台で、有能な執事、という感じがよく出ていました。

蚊の精は、「うそぶき」という面を使用します。口に穴が開けられていて、相撲を取る場面ではその穴に細長い棒を差し込み、まさに蚊のような姿になります。装束も透けて見えるような織物を羽織っていて、羽ばたくような仕草をすると、羽虫の薄い翅(はね)をイメージすることができます。

いちばんの見どころは、大名と蚊の精による取り組みです。大名が素袍(すおう)を脱いで白い装束になり(狂言の世界で白い装束になるのは、裸になったことを意味します)、最初の一番。蚊は細長い吸い口をあらわして、「ぷーん」と言いながら大名を一刺し。大名は貧血になってついクラクラ。

男の正体が蚊だと見抜いた大名は、太郎冠者に命じて、扇であおがせます。風に弱い蚊の精はうまく身体のバランスがとれなくなって、グルグル、フラフラ。そこを一気に払い倒す大名。この一連のやりとりが本当に面白くて、お腹を抱えて大笑いしました。風を受けてグルグル回る蚊の精を見て「ほれ、嫌がるわ嫌がるわ」と言う東次郎師@大名、めちゃくちゃ嬉しそう(笑)。

留めは、大名と太郎冠者が「やったー!打ち負かしたぞー!」と、勝利宣言をしつつ意気揚々と引き揚げていきます。後に残された蚊の精は、「ぷぅ~ん…ぷぅ~ん…」と、息も絶え絶えになりながらヨロヨロと退場していきます。

蚊の精は面をつけていて、なおかつ取り組みの場面になると、声を高く張らなくてはいけませんし、面で視界が制限された中で、激しい動きが多くなります。演じる方は大変でしょうね。今回は若手4人組の中でもいちばん若い則秀が演じていましたが、取り組みの時に見せる反射神経の良さは流石です。ヨタヨタと去っていく最後の姿には、臨場感があふれていました(笑)。

ちなみに、「蚊は風に弱い」というのは本当だそうです(参照→ウィキペディア「蚊」)。狂言の台本が作られたのは、室町時代以降。この曲が書かれた当時から人々はその事を既に知っていて、作品に取り入れたんですね。



『蟹山伏』

山伏/山本則俊
強力/山本泰太郎
蟹の精/山本凛太郎

【あらすじ】

修行を終えた山伏は、強力(ごうりき)を連れて出羽の国へ帰る途中。辛い修行にも耐え、自身の力がより強くなったことを自慢する山伏と、それをおだてる強力の前に、蟹の精が現れます。山伏は祈りの力で蟹の精を説き伏せようとしますが、強力ともども、巨大なはさみに耳を挟まれて…?

【カンゲキレポ】

山本凛太郎君、久々の本格出演!ここ1~2年、学業に専念するため舞台を控えてい凛太郎君ですが、今回は夏休み中ということもあったのでしょうか、きちんとお役をいただいての出演です。

蟹の精は、「賢徳(けんとく)」という面を着用。面をつけて、力強い科白を朗々と語り上げる場面があるのですが、まだ声が落ち着かない年代ですから、ちょっと不安定でしたね。ここで嫌気を起こさず根気強くお稽古と舞台を定期的に続けていれば、いつかパッと「自分の声」が定まる瞬間が来ると思います。それまで頑張れ、凛太郎くん!

お父さんの泰太郎は、山伏のお供をする強力。山伏の自慢を真面目に受けて「本当に、素晴らしいことでございますね~」と素直に尊敬してしまう、愚直な感じが良かったです。耳を挟まれたときも、すんごい痛そうに見えました(笑)。

シテの則俊師は、相変わらずのナイスバリトン。朗々とした科白廻しは、聴いているだけで惚れ惚れとします。とても真面目な芸風の則俊師が、「生不動(いきふどう)」と自画自賛してちょっと得意げになっている山伏を演じるのも、なんだか楽しいですね~。



『神鳴』
神鳴/山本則重
医者/山本則孝
地謡/山本東次郎、山本則秀、若松隆

【あらすじ】

都に医者が増えすぎて仕事が回ってこなくなったため、西国で一稼ぎしようと旅に出た1人のヤブ医者は、突然、大きな雷に見舞われます。すさまじい轟音とともに、医者の前に落ちてきたのは、まさに神鳴。空から落ちた神鳴は腰をしこたま打ち、動けません。そこに居合わせた医者に、治療を命じます。医者が気味悪がりながらも、しかし心を込めて治療したところ、腰の怪我はすっかりよくなります。何でも言うことを聞いてやると言う神鳴に、医者はあることを頼みます。

【カンゲキレポ】


「まんが日本昔話」にも出てきそうな、いかにもほのぼのとして、爽やかな結末の曲です。

則重@神鳴のこしらえは金地のとっても豪華なもの。「神鳴」の赤面に赤鬘で、すさまじい勢いで橋がかりから飛び出してきます。その勢いが良いですね~。

見どころは、やっぱり医者が神鳴を診察する場面でしょうね。医者に「腰の治療には鍼がいちばんです」と言われて、「…鍼?」と一瞬たじろぐ神鳴がラブリー(笑)。

医者の説得にしぶしぶ応じて、ごろんと横になり、鍼治療をしてもらう神鳴。「あの、あんまり痛くないようにしてね」と念押ししているのが可笑しい。ガンガン鍼を打つ医者に手足をバタバタさせながら「あいた、あいた、あいた!!」とめちゃくちゃ痛がるのも愛おしい~(爆)。

この場面では、則重@神鳴は身体を横向きにして舞台上に寝かせながらも、面と鬘は床にベタ付けしないように頭はぐっと上に持ち上げています。この状態で手足を激しく動かすのは、首に負担がかかるのでとても大変でしょうね。則重はそういうことをみじんも感じさせず、大きな動きを披露して客席を沸かせていました。

その後、嘘のように腰の痛みが治って喜ぶのも束の間、医者から治療代をクールに要求され、「はて、いきなり落ちて来ちゃったから、持ち合わせがないんだよね…」と真剣に困り果てる姿。「あっ[ひらめき]、じゃあ、いちど天に戻って、お金持って、もう一回落ちてくるから行き先教えてよ!」と提案するものの、「そっちの方が迷惑です。」と医者にばっさり断られ、「そうか…じゃあ、どうすれば良い?」と、ちょっと人間くさい会話もツボ。

それをいちいち、雷神様っぽく轟音のように響きわたる声で話すので、さらにツボ(笑)。

いつも思うのですが、狂言に出てくる「鬼=異界の者」って、人間より人間らしいんですよね。昔の人は、人間の本質とか深い心の内面を、「鬼」の姿に投影していたのかもしれませんね。

医者を演じる則孝は、いつもながらのクールな出来映え。この方の舞台は淡々としながらも、どこか飄々としたおかしみを感じられるのが特徴です。自分の利益の為に旅に出た医者が、神鳴を前に「国中にあるどの田畑も干損水損のないように、そして豊作が続くようにしてください」と頼むくだりは、この方だからこその説得力がありました。

最後は、神鳴が豊作を願って舞おさめます。この舞も力強くて良かったですね~!地謡も出て、お祭のような厳かな高揚感、何ともいえない清々しさを感じるひとときでした。



解説~小舞『七つになる子』 
山本東次郎

最後はおなじみ、東次郎師による解説。いつものように小走りで登場なさる師のお姿に、萌~[黒ハート](爆)

今回はまず、「狂言」の言葉の由来から講義が始まりました。もともとは古代中国に残されている「狂夫の言(きょうふのげん)」という言葉がもともとの由来。その後、白楽天(白居易、772~846)が自身の書物の中で「狂言綺語(きょうげんきぎょ)」という言葉で表現したのだそうです。

ここでの「狂言」とは芸能、「綺語」は文学を意味しています。芸能や文学などの「フィクション」を通じて、人間の本質を見つめ人生を生きる意味を問いかける事ができるのではないか、と白楽天は主張しました。

彼の思想を簡潔かつ的確に表現するために「狂言綺語」という言葉が生まれ、そのうち「芸能」を意味する「狂言」が、世界最古の舞台芸術、「能楽」の中に誕生した対話劇への呼称となったのは、実に興味深いものがあります。

***

次に、狂言の約束事について解説。狂言の約束事とは、以下の3つです。

①事件にしない。
②追求しない、追いつめない。
③演技の中で、観客を驚かしてはいけない。


中でも、③については特に戒められているのだそうです。東次郎師によると、演者は驚かすこと、刺激的な演出がいかに見る者を興奮させるのか、もちろんよく知っているし、解っているそうです。だからこそ、絶対にしてはいけないのだ、と。

狂言は言葉と言葉の対話劇で、言葉を通じて想像力をはたらかせて見てもらうことが大切。驚かせることで、観客それぞれの想像の経路を断ち切ってしまう事を恐れるのだそうです。

そして、派手な演出にはきりがない。一度派手な演出をしてしまえば、もっと、もっととさらに刺激への欲求は高まっていき、いつかは飽きられてしまう。

だからこそ、丁寧な言葉を的確に伝える「言葉の力」でもって観客に伝えること。それが狂言で最も大切な事なのだそうです。なるほど~。

***

今回は、コチラで展示されている「狂言の面と装束」とテーマでのイベントだったので、番組も面が出てくる曲で構成されています。今回も、貴重な面をたくさん持ってきて下さいました!基本的に、展示されている面の種類を使ったのだそうです。

『蚊相撲』では「うそぶき」、『蟹山伏』では「賢徳」、『神鳴』では「神鳴」を使用。(だったと思うのですが…間違えていたらご指摘お願いします)。このうち、「賢徳」を着用した『蟹山伏』では、別の面を着けることが多いのですが・・・

東次郎師 「今ね、『賢徳』が展示されているという事でしたもんですから…ライバル心で出してみました。えへ。

…こんなお茶目な東次郎師が、大好きです(爆)。博物館の展示は開演前に見に行きましたが、確かに「うそぶき」も「賢徳」も「雷」もありました~[るんるん](「神鳴」は、山本家独自の呼び方のようです)

ちなみに、能面でも狂言の面は喜怒哀楽の「喜」と「楽」を、お能の面は喜怒哀楽の「怒」と「哀」を表現しているのではないか、というお話でした。なるほど~。(さっきからそれっばかりですね)

最後は、時間オーバーになっているにも関わらず(笑)、小舞「七つになる子」を舞って下さいました。まさか小舞まで拝見出来るとは思っていませんでしたので、思わず大喜び!今回は所作の要所を解説もしてくださいました。

ああ~…東次郎師の小舞は、やっぱり素敵でした。軽やかで、柔らかで、風雅で。幸せ~[ぴかぴか(新しい)]

暑い夏の、一服の清涼剤のような1日でした。

東京国立博物館・平成館


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東京都庁と薪能 [伝統芸能]

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(画像はすべて、クリックすると拡大表示されます)

突然ですが、初めて東京都庁にやってきました。

山本会のホームページをチェックしていたら、東京大薪能なるイベントに出演するとの情報を発見。都庁前に広がる都民広場で薪能が入場無料で開催されるとのこと。当日知った情報だったので、ダメもとで足を運んでみました。

開演ギリギリに会場に到着。すでに場内約4000席は満席で、入場整理券の配布も終了していました。やっぱりそうだよね、無料やもんね~。しかし、4000人の観客の前でお能をするって、大変だろうな~…と思いつつ、会場の外からピョコピョコ首を伸ばして、装置や楽屋回りの設営の様子などをちょこっと観察。

とりあえず、ここまで来た証にと、吹き抜けになっているB1階(レストラン・ショップ街)から撮影(トップ画像)。ちょっとだけ「東京大薪能」の看板が見えますね。

この看板の下に特設能舞台があります。客席は、この看板(能舞台)の対面、私が撮影している空間を飛び越えたエリアに設置されています。能舞台と客席が、ちょっと離れているのですね。

会場には入れずでしたが、せっかくここまで来たので、都庁45階にある展望室に上ってみることにしました。

六本木ヒルズの東京シティビューなどは夕陽が沈む頃に館内の照明が落とされてムード満点、外の夜景も見えやすくなるのですが、都庁展望室は館内が明るいまま。さすがに行政機関、健全なイメージを保持しています(?)。

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オペラシティ方面。

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東京タワーの方角。

中央奥でひときわ大きな光を放出しているのは、神宮球場のライトです。スタジアムの強い光にちょっと隠れがちですが、そのちょっと奥に見える、針のように細い縦長の光が東京タワーです。(画像をクリックして大きくしてからご覧になってみてください)

真下では…

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4000人がひしめく薪能の会場。

館内が明るいものですから、反射した光が入り込んで大苦戦した末の、魂心の一枚です(苦笑)。

左下に小さく見える長方形状のものが、特設能舞台。能舞台は三間(5,8~6,0メートル)四方に作られていますが、舞台の上を走っている道路で見切れております。

能舞台と客席の間に空間が出来ていますが、ここがB1階と吹き抜けになっている部分。トップの画像は、ここから撮影しました。

じゃあ帰るかぁ~、と思って下りてみましたら、何とちょうど最初の演目『羽衣』が始まるところでした。会場はチェーンで囲われていましたが、外からでも何とか舞台を拝見できそう。せっかくなので、狂言『二人袴』まで観ていくことにしました。(だって、コレが観たくて来たんですもの)

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狂言『二人袴(ふたりばかま)』。

この狂言、大好きなんですよね~。結婚した相手の家に挨拶にやってきた聟とその父親が、一枚しかない袴を取り合ううちにまっぷたつに裂けてしまい、仕方なく前にだけ袴をつけて舅と面会するが…というお話。「結婚」をテーマにしているためか、見ているだけで晴れやかな気持ちになります。

今回の配役は、聟の父親に山本則俊、舅が泰太郎(則直の代演)、太郎冠者に則重、聟に則秀。

この曲には謡と舞もふんだんに取り込まれているので、山本家の声の良さと小舞の美しさを堪能することができました。上の画像は、聟と父親、そして舅が連れ舞を始める場面。(ブレブレでまったく分かりませんけど[あせあせ(飛び散る汗)]

やっぱり山本家、美声ぞろいですわ~[ハートたち(複数ハート)]

舞台後半、聟と親が橋がかりで、舅と太郎冠者は舞台で、この2組が一斉に別々の科白を交わす場面があるのですが、まるで男声四重唱を聴いているかのような朗々とした美しい声の響き。うっとり、ほれぼれ~[黒ハート]

最後の演目『船弁慶』も観たかったのですが、『二人袴』が終わった時点で21時前でしたので、あきらめて帰ることにしました。ずっと立ち見で、私を支えてくれる両足にも限界がきておりましたし[たらーっ(汗)]

東京・副都心のど真ん中で観る野外能。場所が場所なだけにあまり落ち着きませんが、こうして1人でも多くの人がお能にふれることができる機会があるのは、良いことだと思います。

東京都庁


都庁展望室については、コチラをクリック[るんるん]
都庁見学のご案内-展望室 (東京都公式サイト)


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七拾七年会 第2回公演(2) 能 『船弁慶』 [伝統芸能]

予想外に熱く語ってしまった七拾七年会(笑)。能『船弁慶』の感想を書き留めておきます。(1)はコチラです。



[かわいい]能 「船弁慶」

第22回 NHK能楽鑑賞会で感動して以来、私にとって憧れのワキ方でもある宝生閑師(人間国宝)が、弁慶役としてご出演。

シテとワキの力量が拮抗していればしているほど、舞台の緊張感、ドラマの持つ悲劇性が増幅するのだな、と実感した舞台でした。

磁石のS極とN極が強い力を持てば持つほど、互いに引き合う力が強くなるように、互いの実力が充分であればあるほど、両者のせめぎあいが激しく、大きくなり、その激突する情念の波に、見所(客席)が呑み込まれていくような感覚を受けるのです。

そのような意味では、シテ方の若さ、ワキ方の貫禄が如実に表れた舞台であったと言えます。

シテ方とワキ方の力量の差を比較するつもりはありません。かたや若手、かたや人間国宝ですから、存在する位置が元から違いますし。ただ、そういうものなんだな~、と感じたのでした。

だって閑先生@弁慶、あまりにも悠然とされているんですものっ[あせあせ(飛び散る汗)] そりゃ知盛も退散するわな、と思わず納得。

圧倒的なオーラ。揺るぎない科白、無駄のない動き、真っ直ぐ前を見据えた視線。全てが完成されています。

これが、これが人間国宝なのね。国の宝なのね…。さすがタイトルロールだわ…(←『船弁慶』)。

なので、荒れ狂う知盛の霊と、祈りで説き伏せようとする弁慶の攻防という、息を呑むクライマックスのシーンも、緊迫感が最高潮に達する…という事がなく、ちょっと物足りなく感じました。

***

シテを務めた武田文志。閑師の大きすぎる手の中に包まれながら、めいっぱい動ききった、という舞台でした。

今回、印象的だったのは、後シテ@知盛の霊の登場。ここは、素晴らしかったですよ。

不安定な囃子が鳴り響く中、荒波を乗り切ろうと躍起になる船上の義経、弁慶、従者、船頭の視線がふとあるところに吸い寄せられ、釘付けになります。

その視線の先をたどると…いつの間にか揚幕がそっと引き揚げられ、その蔭に知盛の霊が静かに、しかし並々ならぬ意思を持って、そこにいたのです。

揚幕の闇の向こうに、薄暗く浮かび上がる知盛…その姿が目に入ったとき、スーッと背筋が寒くなりました。

また、面も素敵でした。

前シテの静御前では、武田家でも大切にされている「孫次郎」という銘の面を着用。まろやかで愛くるしい顔立ちをした面ですが、いよい よ義経との今生の別れの際と言う時、肩を落とした横顔があまりにも切なくて、悲しみにあふれていて…胸が詰まりました。

後シテである知盛の面も、非常に心に残りました。このような事を言うのは不謹慎かもしれないのですが、この面、とにかく優しい目をしているのです。

「こんな優しげな目をした人が、なぜ怨霊に…?」と、不思議に思うほど。

優 しい目をしながらも荒れ狂う知盛の霊を見ていると、平知盛は、本当は穏やかで思慮深い人物だったのだろうな、と思いました。それが、悲惨な戦場での体験、 そして一門が海上で滅び散っていく様を目の当たりにした時、全ての思いが怒りと恨みの炎として燃え上がってしまったんだな…と。

戦争は、人の心をかくも変えてしまうものなのか…そう思ったとき、知盛のやるせなさ、哀しみ、そこから転化した怒りがまっすぐに伝わってきて、胸がつぶれそうになりました。

***

間狂言の中でも、カッコイイお役として描かれている船頭を務めるのは、山本則重。弟の則秀が同じ役を務めた『船弁慶』を、今年初めにも拝見しています。(詳しくはコチラ→第五回 若者能

嵐 の海を乗り越える事を第一に務めようとする、理知的な部分がよく表現されていた則秀に対して、則重は人間らしい野心を感じさせる出来。「この航海がうまく いったら、西海の利権は自分に任せて欲しい」と弁慶に約束を迫る場面など、いやらしさは微塵もなく、むしろ愛嬌がありました。

同じ演目でも、違う方が演じるとそれぞれ違った解釈や思いを感じることが出来ます。やっぱり生の舞台は良いなぁ~[ぴかぴか(新しい)]



終演後は、再びメンバーが能舞台に勢揃いして、観客に挨拶。舞台を終えたばかりの文志さん、則重さんも急いで着替えられて駆けつけました。1人1人、それぞれの思いを言葉にして、会場からは温かい拍手が。こういうほっこりとした雰囲気で終わるお能の会も、素敵ですね~。

完成度云々よりも、若手の熱い心と行動力に拍手を送りたい、そんな会です。3回、4回と続けていくうちに、どんどん良い雰囲気の会になっていって欲しいですね。同世代として、応援していきます!

そんな七拾七年会、早くも次回公演が決定!

次回からは、会場を目黒の喜多六平太記念能楽堂に移して、何と1日2回公演を決行!…体力勝負的なスケジュールです。今だからこそできる組み方かも(笑)。

そして日時は、2010年2月14日(日)。

…やっぱりアレですか、チョコレートよろしく[ハートたち(複数ハート)]って事ですか(笑)。

喜多六平太記念能楽堂


バレンタインは、ここでお会いいたしましょう[黒ハート]
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七拾七年会~昭和五十二年生まれの男たち~ 第2回公演 (1) [伝統芸能]

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折れてないチラシをゲット。

2009年7月21日(火) 矢来能楽堂 17:00始

番組

ワークショップ 能楽の囃子

仕舞 「歌占 キリ」 山中雅志
仕舞 「羽衣 キリ」 武田宗典

狂言 「瓜盗人」
シテ(男) :山本則重
アド(耕作人) :山本則秀

解説
 武田宗典

仕舞 「屋島」 藤波重孝
仕舞 「善知鳥(うとう) 松木千俊

能 「船弁慶」
シテ(静御前/平知盛の霊) :武田文志
子方(源義経) :藤波重紀
ワキ(武蔵坊弁慶):宝生閑
ワキツレ(義経の従者) :宝生欣哉、大日方寛
間(船頭) :山本則重


七拾七年会第2回公演を拝見してまいりました。今回は2日2回公演でしたが、21日の2回目公演だけを拝見。

今回は時間があまりございませんので、申し訳ありませんが、思いつくまま感想を書き留めておきます。



[かわいい]ワークショップ

1日目は狂言、2日目は囃子のワークショップと、日によって特集を変えた構成。解説にシテ方の武田宗典が残り、囃子方の小寺真佐人(太鼓)、原岡一之(大鼓)、住駒充彦(小鼓)が楽器の説明や打ち方を説明します。

第1回公演のワークショップでは、旗揚げの挨拶に始まり、能楽の解説、謡から囃子から狂言からと、それぞれの分野の説明と体験を行った為に時間配分がうまくいかず、最後の狂言の説明がほとんどされなかったという結果に。

その反省を踏まえての改変でしょうね。今回のワークショップは特集する分野を分けた事でより具体的な体験をすることができましたし、全体的にすっきりとまとまっていたように思います。

私が拝見した回では、大鼓と小鼓の拍子のとり方とかけ合いの方法を、手と声を使って会場で実際に体験してみました。また、シテの動きを見て囃子のリズムを変えることを説明する為、会場のお客さんを指名して、その方に合図を送ってもらう趣向も。これは結構面白かったです。

今回、私と同行者の間で大人気だったのは、太鼓方の小寺真佐人さん。もうね、2人ともハート撃ち抜かれてましたよ、小寺さんのお茶目ぶりに(爆)。

そんな小寺さんの魅力が炸裂したのが、このワークショップ。

大鼓や小鼓を打つタイミングで、いったん動作を止めることを「ツ」と表現するそうです。「ポン、ツ(いったん止め)、ポン」みたいな。(お、おわかりになります?[あせあせ(飛び散る汗)]

で、ちょっと出番のない小寺さん、自ら「ツ」と合図を送る役を買って出ます。これが可愛くってね~(←同世代なので遠慮がない)。

最初はちょっと恥ずかしそうに「」とおっしゃっていたのに、最後は手振りも入って「ツ!!」と気合いの入ったかけ声をかけていらっしゃったのが、ちょっと素敵でした。

それ以外にも、太鼓の模範演技中になぜか笑いがこみあげてきたらしく、必死にお鼻をふくらませ、口元を震わせながら笑いをこらえて太鼓を打つ姿が、とってもラブリーでした[黒ハート]

いや~、今回の小寺さんと言い、、第五回若者能 おはなしとアフタートークでとろりんさんのストライクゾーン真っ正面を狙ってきた(狙わされた?)大鼓方の大倉慶乃助さんと言い、お囃子方にもナイスな方々がたくさんいらっしゃるじゃないですか[るんるん]

こりゃ、お能へ行く楽しみがまたひとつ増えました。ぬふぬふ[黒ハート] (結局ミーハーなとろりんさん)



仕 舞


仕舞は4曲あり、狂言の前に若手による仕舞、お能の前にベテランによる仕舞がそれぞれ2ベテランの方々はさすがの存在感、安定感でした。若手の方の舞について、少し書き留めておきます。

山中雅晶さんの仕舞は力強いのですが、ちょっと動きの硬さがとれていないというか、妙にかくしゃくとしてしまうところが残念です。ひとつひとつの動きは良いのですが、流れがないのでぶつ切れになってしまうのが惜しいところ。

武田宗典さんの仕舞は端正で、まさに楷書の出来。

白紋付をまとった事で際立った透明な存在感、扇を持つ手の指先の伸びやかさと細やかさ、つと伸ばす首のほっそりとした美しさ、優美な足の運び。

美しいな、と、自然に、素直に思うことの出来る仕舞でした。「羽衣」のあらすじの通り、儚げで夢のような余韻を残しました。



[かわいい]狂言 「瓜盗人」

大がかりな仕掛けと舞台上での早替わり(?)が楽しい1曲。

自分の畑の瓜をたびたび盗まれて怒った耕作人が、自ら案山子(かかし)になりすまして犯人を待っていると、1人の男が現れて…というお話です。

最初に登場する案山子は、葛桶を2段にして、細い木の枝を横に通し、その上から薄衣を羽織らせて、烏帽子と面をつけています。この案山子の拵えを、後に耕作人が舞台上で早替わりしてしまいます。

科白と科白のタイミングの間での早替わりは、かなり大変でしょうね~。面をつけて烏帽子をつけて、薄衣まとって、しばらくすると、再びひとつずつ外していって・・・と仕どころの多い役なので大変だったかと思います。お疲れさまでした、山本則秀さん@耕作人。

シテを演じた山本則重は、堂々とした体躯に盗人らしいふてぶてしさ、あっけらかんとした大らかさを包んで好演。ちょっと声が聞きづらかったようにも思いますが、躍動感のある舞台でした。

則重さん、拝見するたびに舞台に自信と輝きが大きくなっているようにも思います。時折、曲の後半に入ると力任せに声を張っているかのように聞こえることがあるので、全体のペース配分のバランスを操れるようになると、もっと良くなると思います。



ちょっと長くなってきてしまいましたので、今回はこの辺で。(誰ですか、時間がないとか言っていたのは[あせあせ(飛び散る汗)]


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【ご案内】 七拾七年会-昭和五十二年生まれの男達- 第二回公演 [伝統芸能]

77th2nd.jpg
(折れ折れなチラシですみません…)

2009年7月20(月・祝) 15:00始 / 7月21日(火)  17:00始 
矢来能楽堂


【番組と主な出演者】

初日 7月20日(月・祝) 15:00始

ワークショップ 能と狂言

仕舞 「高砂」 武田文志
仕舞 「放下僧 小歌」 坂井音晴

狂言 「棒縛」 
シテ :山本則重 
アド :山本則俊、山本則秀

解説 武田文志

仕舞 「井筒」 武田志房
仕舞 「山姥 キリ」 武田宗和

能 「邯鄲(かんたん)」  
シテ :武田宗典
子方 :藤波重紀
ワキ :殿田謙吉
ワキツレ :宝生欣哉、御厨誠吾、野口琢弘、梅村昌功、則久英志
間 :山本則重

7月21日(火) 17:00始

ワークショップ 能楽の囃子

仕舞 「歌占 キリ」 山中雅志
仕舞 「羽衣 キリ」 武田宗典

狂言 「瓜盗人」
シテ :山本則重
アド :山本則秀

解説 武田宗典

仕舞 「屋島」 藤波重孝
仕舞 「善知鳥(うとう) 松木千俊

能 「船弁慶」
シテ :武田文志
子方 :藤波重紀
ワキ :宝生閑
ワキツレ :宝生欣哉、大日方寛
間 :山本則重

【料 金】
指定席 :6,000円
自由席 :4,000円
学生席 :2,500円(自由席)
※2日間通しで購入した場合は、合計金額より1,000円割引

【チケット取扱】
●矢来能楽堂
TEL 03-3268-7311
FAX 03-5261-2980
e-mail:yarai@eos.ocn.ne.jp

●電子チケットぴあ → コチラをクリック 



昨年もご案内した七拾七年会
が、第2回公演を実施することになりました。

今回は2日間2回公演。番組もバラエティー豊か。文字どおり、ボリューム倍増の番組です。良い意味で強気でチャレンジャーですね、七拾七年世代。

ワークショップに解説、仕舞に狂言にお能と、今回もめいっぱいフルコース全開ですね~。しかも、まったく趣向を変えて2日連続公演!出演者の皆さんの並々ならぬ情熱を感じます。

私はまだまだ能楽初心者ですが、個人的には2日目の方に興味アリ、です。「船弁慶」はストーリーが明確で見せ場も多いですし、間狂言のお役(船頭)もカッコイイですしね。

そして何よりも、二日目にはとろりん憧れの方、人間国宝・宝生閑師がご出演!!

能舞台にただいらっしゃるだけで、ドラマを語ってしまう宝生閑師のワキは、本当に素晴らしいのです。実は宝生閑師の舞台は一度しか拝見していないのですが、それだけ強烈な存在感で、ずっと心に残っていたのでした。閑師にお会いできるのだったら、やっぱり二日目に拝見しようかな~。

はっ…七拾七年会の方々よりも先に、ゲストの方について語ってしまいました…(汗)。

「船弁慶」のシテは武田文志さん。会の代表でもあり、昨年の第一回公演「安達原」ではシテをお務めになった方です。前シテでは、たぐり寄せる糸に自分の過去を重ねているような情感がありましたし、後シテでは鬼気迫るダイナミックな動きで、客席を圧倒しておいででした。

今回は静御前と平知盛の怨霊の二役。どのようにお務めになるのか、とても興味があります。

真夏の暑い1日、皆様も能楽堂で熱い風を感じてみませんか?

矢来能楽堂


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横浜能楽堂特別公演 『山鳥』/『木六駄』 [伝統芸能]

090322山鳥.jpg
美しいのに、どこか苦しさ、哀しささえ感じる公演チラシ。横浜能楽堂のチラシはセンスが良いな~といつも感心します。

2009年3月22日(日) 横浜能楽堂 14:00開演

能  『山鳥(やまどり)』 
(シテ:観世清和)
狂言 『木六駄(きろくだ)』
(シテ:山本則直)

ずいぶんと前の話になってしまいましたが、新作能を拝見しました。

「山鳥」は、現在横浜能楽堂の館長である山崎有一郎氏の父で、戦前の著名な能楽評論家・山崎樂堂によって1916年に発表された作品(当時の曲名は『おろの鏡』)。

当時は作品が発表されたのみで上演されることはなく、90年後の2003年、『山鳥』と改題、新作能として初演されたそうです。



狂言『木六駄』

シテ(太郎冠者)/山本則直
アド(主)/山本則秀
アド(茶屋)/山本則孝
アド(伯父)/山本則俊


【あらすじ】

山向うに住む伯父が新しく家を建てたとのことで、主人は太郎冠者に申しつけて、柱にする材木30本(!)と祝いの酒を太郎冠者に持って行かせます。

吹雪の中、牛6頭に5本ずつ、計30本の材木を運ばせながら進む太郎冠者ですが、なかなか歩みははかどりません。そこで、一杯飲んで身体を温めようと山のふもとにある茶屋へ入ります。

ところが、あいにく茶屋では酒を切らしており、お茶しかありません。怒る太郎冠者が背中に酒樽をかついでいるのに気付いた茶屋は、「このお酒を少しもらっては」を提案します。

最初は「でもこれは伯父御様へのお祝い物だし・・・」ためらう太郎冠者ですが、茶屋にそそのかされて一杯飲んでしまうと、もう一杯、また一杯・・・と、茶屋と一緒に全部飲み干してしまいます。茶屋と一緒に歌ったり踊ったり、すっかり良い気分に。おまけに気が大きくなってしまった太郎冠者は、茶屋の主人に、材木30本も牛6頭もぜ~んぶやってしまいます。

そこへ何と、伯父が登場。実は甥(主人)から連絡をもらって、茶屋まで太郎冠者を迎えに来ていたのです。すっかりへべれけの太郎冠者は…?

【カンゲキレポ】

則直師の悠々とした芸を楽しむ一幕。

則直師の太郎冠者、だ~い好きなんですよね[黒ハート]

確信犯的なおかしみというか、「ああ、この太郎冠者、絶対に失敗するっっ[たらーっ(汗)]」という観客の期待通りに失敗してしまい、「ほーら、言わんこっちゃない」と思わずクスリとしてしまうような。失敗しながらも、「でへへ、またやっちゃった~」と帰っていっちゃうところが、ツボです(笑)。

もちろん、見どころはそこだけではありません。前半、材木をくくりつけた牛六頭を引き連れて、太郎冠者が吹雪の中を進んでいく場面があります。強風にあおられて身体をよろめかせながらも牛を追う様子、急に走り出した牛に引っ張られて雪の中へ突っ込んでしまう様子など、則直師がたった1人で、動作と科白だけで見せていきます。

これが実にすばらしくて、客席がひんやりとして、思わず身震いしてしまいそうな錯覚にとらわれたほど。ひとつひとつの動きがきっちりと型にはまっていて、非常に的確だからこそ真冬の雪の中に放り出されたような情景が脳裏に浮かぶのでしょうね。

茶屋の店主役の則孝と酒盛りになってしまい、酩酊してす~っかり良い気持ちで謡を披露しながら千鳥足で舞ってみせたりもするのですが、この動きもふわふわとしていてながらしぐさもやっぱり美しくて、素敵。こちらの心までお酒の良い香りにふんわり酔ってしまったかのようにワクワクと浮き立ちました。

愛すべき太郎冠者をイキイキと演じておられた則直師でした。



能 『山鳥』

作  /山崎樂堂
補綴/関根祥六
間狂言補綴/山本東次郎
監修/山崎有一郎


シテ(里女・山鳥)/観世清和
ワキ(僧)/福王和幸
アイ(所ノ者)/山本泰太郎

大鼓/佃 良勝
太鼓/金春國和
小鼓/観世新九郎
笛  /一噌幸弘

【あらすじ】


旅の僧がある池のほとりを通りかかります。その池の周囲だけ、草花が枯れてしまっているのを不思議に思った僧が池に近づこうとした時、ひとりの女に呼び止められます。

女が池に近づいてはいけないと言うので、僧がその訳をたずねると、女は山鳥の話を始めます。

天地創造の折、神はあらゆる色や形を定めて草花や鳥獣を創りあげますが、最後に山鳥をお作りになった時には既に色が尽きてしまい、山鳥だけは声も姿も醜いまま、地上に生まれることになりました。

自分の醜さを嘆き悲しむ山鳥はある日、ついにたまりかねて、草花の色を盗んでその身を美しく飾り立てます。池に自身の姿を映して見惚れていた山鳥は、草花の恨みによって池に落ち、溺れ死んでしまったのでした。

そうした話を語り終えた女は、自らが山鳥の霊であると明かして消え去ります。

夜明け前、山鳥の霊が僧の前に姿を現します。山鳥の霊は僧に、和歌を詠んで自らを供養してくれるよう、僧に頼みます。

僧が、「くもりなき 鏡の面にゐる塵を 目に立てゝ見る世とは思わじ」という西行の歌を詠んだところ、山鳥の迷いは払われて、夜明けとともに霊は立ち去るのでした。

【カンゲキレポ】

「山鳥」は実在する鳥で、キジ科で赤褐色の羽色。本州から四国、九州にかけて分布しているそうですが、山奥に生息していることが多いらしく、めったに人目にはつかないのだそうです。(参考:ウィキペディア「ヤマドリ

舞台の冒頭、笛の音がひときわ高く、まっすぐ、ピィーーーーーーッと能楽堂に響きわたりした。

張りつめるような静寂を切り裂くような音。とても厳しくて、孤独な音。まるで、池に落ちた山鳥が水底に沈む瞬間にあげた、最期の鳴き声のように聴こえました。

相変わらずお能は、私にとっては苦行で…(汗)。幽玄と現実の世界を彷徨いながらの観能でした…[バッド(下向き矢印)]

観世清和師の舞はとても静謐。様々な「負」の感情に巻き込まれ、のみこまれ、あげくに自滅してしまった山鳥の哀れさが伝わります。

「なぜ自分だけが」という思わずにはいられない境遇。美しく着飾った、他の鳥たちに対する嫉妬。その哀しみが生まれさせた、「どんなことをしてでも、美しくなりたい」というゆがんだ欲望。それに囚われて大切なことを見失ってしまった奢り。取り返しの付かないことになって初めて気付いた虚しさ…。

そういった、さまざまにうごめく暗い感情をあらわにせず淡々と静かに語り、舞う姿には、「負」の感情にとらわれて暴走してしまった自分を恥じ、せめて成仏したいと願う一途な山鳥の切ない姿が重なり、胸が痛くなりました。

間狂言の山本泰太郎も、力強く朗々と響く声で池にまつわる悲話を旅の僧に語って聞かせ、わずかな出番ながらも印象的な舞台でした。若草の裃が、とても美しかったです。

ちなみに間狂言は、我がスター☆、山本東次郎師によって補綴されているのですが、2003年の初演以来、何度か改訂を試みられているようです。今回、間狂言は「所ノ者」として登場し、山鳥と池にまつわる話を語るという設定でしたが、初演の時は「こおろぎの精」と「くつわむしの精」が間狂言として登場し、人生について語り合う、といった設定だったそうです。…そのバージョンも見てみたい…。

より洗練され、より完成度の高い作品をめざすべく、試行錯誤と改良をどんどん加えていく…。その変化を、観客は楽しみに見ることができる…。現代に生まれた「新作」だからこその醍醐味ですね。



この日は、「春の嵐」という風流な言葉では済ませられないほどの、とんでもない暴風雨に見舞われました。盲導犬サポートSHOPで購入した折りたたみ傘がすさまじい強風にあおられて、骨があらぬ方向へひっくり返るという悲劇を乗り越えて、横浜能楽堂へやってまいりました。(ちなみに、傘は気合いで復活させました>笑)

思い起こせば、この時もすごい強風&大雨だったし、この時は大雪だったし、行く予定にしていた昨夏の「横浜夜能」はゲリラ豪雨で拝見できなかったし…。私が横浜能楽堂に行く日は必ず天気大荒れ、というジンクスは、破られる日が来るのでしょうか…。

横浜能楽堂


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狂言 山本会 第43回青青会 [伝統芸能]

2009年2月11日(水・祝) 杉並能楽堂 13:30開演

【番 組】

狂 言
・『鎧』 (遠藤博義)
・『八句連歌』 (山本則孝)
・『首引』 (山本則秀)

小 舞
『景清』 (若松隆)
『貝尽くし』 (山本則重)
『鐘の音』 (山本泰太郎)
『小原木』 (山本東次郎)


大蔵流狂言方、山本東次郎家一門の若手による会、「青青会」を観てまいりました。狂言3番に小舞4番、そして終演後は東次郎師によるおはなしがついて、相変わらずフルコース全開。


『鎧(よろい)
 
太郎冠者/遠藤博義
主人/若松隆
都の者/山本東次郎


【あらすじ】
道具比べが流行る今日このごろ、「鎧くらべ」のために都へ行って鎧を買ってくるように主人より申しつかった太郎冠者。ところが鎧というものがどういうものか知らず、都の者にからかわれて、ある証文と「おどし」の入った葛桶を受け取って帰ってきます。都の者に言われた通りに証文を使って「鎧」の説明をする太郎冠者。「それで、縅(おどし:鎌倉時代の甲冑の製造様式で、糸や皮の縫いつけ方)は」と主人に問われて、桶から出したものは…?

【カンゲキレポ】
山本の会にしては珍しく、若松が一瞬科白に詰まるというハプニングがあったものの、それ以外は堅実な出来。むしろ主従の間に流れるあたたかな絆を感じさせる舞台でした。

実際に「鎧」を見たことのない主人(おそらく、書物などで読み知っていただけではないかと思います)と、見たことも聞いたこともない太郎冠者。からかい半分に都の者が教えたことを、大まじめに主人に見せる姿はクスッ[わーい(嬉しい顔)]と笑ってしまいます。

都の者は書状をしたためる紙をとりだし、「ほら、これをハラハラと腹に巻けば、腹巻。」と、もはやダジャレ以外の何ものでもないことを太郎冠者に教え込みます。屋敷に帰った太郎冠者は、言われたとおりに「これをハラハラと腹に巻けば、腹巻でございます」なんてやっているわけです。

自分が心からお仕えしている主人のために、バカバカしい事を一生懸命にする太郎冠者と、自分がいちばん信頼している太郎冠者が言うことだから…と、彼の言うことに真剣に耳を傾ける主人の姿には、おかしみを感じながらも、かえって2人の仲の良さ、絆の強さがつたわってきました。

ちなみに、「おどし」として桶の中から出てきたのは、恐ろしい鬼の面。鎧の「縅(おどし)」と、怖がらせる「脅し」をかけた、都の者のいたずらですね。

このいたずらっ子な都の者を演じたのは、山本会当主の東次郎師。粋な都人の風情と、しれっと田舎者をからかう軽妙な演技は、流石です。


『八句連歌(はちくれんが)

借手/山本則孝
貸主/山本則直


【あらすじ】
金貸しが、男のところへ借金の催促にやってきます。ああだこうだと返済を先延ばしにしようとする男。そのうち、お互いの言い分を連歌で言い合うことになります。優雅に歌を詠み交わしながらも、お互いの腹を探り合う2人ですが…。

【カンゲキレポ】

中世に爆発的に大流行したとされている「連歌」を題材にした狂言。

「八句」については、山本家のお弟子の1人、平田悦生氏が公演チラシの解説で説明されているので、引用させていただきます。

表八句というのは、百韻連歌を詠み交わしていくための約束事の一つで、十五世紀ごろには式目としてできあがっていた。

百韻は、五七五の上の句と七七の下の句とを交互に詠みついでいき、その附け合いの数が百句のものをいう。

通常、連歌の記録は、半紙より少し大きめの懐紙を横にして中央を折り上段から書き始められる。百韻の場合、一枚目の上に表八句、下に裏十四句。二枚目三枚目も上下、つまり表裏に十四句ずつ。四枚目には上に十四句、下段に裏八句を書いて完了する。

(山本会公演チラシより・平田悦生記)

 
…と、とりあえず、連歌の決まり事ってことですねっ。(そんな安直な解釈ですか)

舞台は、優美に歌が詠み交わされつつも、もう少し返済を待って欲しい借手と、もう一刻も猶予は与えないつもりの貸主の本音がバチバチ飛びかって、とっても緊張感のある出来。

借手 「花盛り御免なれかしの風」 (待つ
貸主 「桜になせや雨の浮雲」 返せ
借手 「幾度もかすみに侘びん月の暮」 貸す身に詫びん
貸主 「責めかくる入相の (乞い・金
借手 「にわとりも別れはせめてのべて鳴け」 (金取り・日延べ
貸主 「人目もらすな恋の関守」 (見逃しはしませんよ
借手 「名のたつに使いな付けそしのび妻」 (人の噂になるほどに催促の使いをよこさないでくれ
貸主 「あまり慕えばをこそやれ」 (では、催促状をお渡ししましょう)

おお、美しく八句。この歌を、バリトン歌手並みに渋いお声の持ち主、則孝と則直師が詠うものですから、もううっとりと聞き惚れておりました。

則孝さん、連歌を題材にした狂言がお好きなのでしょうか。昨年の第41回でも連歌を題材にした『富士松』をなさっていました。次回もよろしくお願いします(?)。



『首引(くびひき)

親鬼/山本則秀
鎮西ゆかりの者/山本則重
姫鬼/山本泰太郎
鬼/山本則俊、鍋田和宣、山本修三郎、加藤孝典、若松隆

【あらすじ】

鎮西(源為朝。強弓・剛腕で知られた)ゆかりの若者が、九州都へ上る途中、鬼に出遭います。鬼は自分の娘である姫鬼に、人間の食い初めをさせようとします。すると若者が、腕押し(腕相撲)をして負けたら姫鬼に食われましょう、と提案。姫鬼と若者は腕押し、脛押し(足相撲)をしますが、いずれも若者圧勝。親鬼は首引で勝負をつけようと言い、手下の眷属(鬼)を呼び出して加勢させますが…。

【カンゲキレポ】
一言で言ってしまえば、可愛い可愛い娘の為に、パパが張り切っちゃうお話です(笑)。

まず、悠々とした足どりで登場するのは、則重演じる鎮西ゆかりの者(以下、若者)。白大口の袴姿。堂々とした力強い体躯を持つ則重がこういった装束を着けると、非常に見映えがします。今、山本家で大口袴がもっとも似合う男に認定。(byとろりん)

そこへ凄まじい地響きを立てて、揚幕から弾丸のように飛び出してくるのが、則秀演じる親鬼。赤頭に赤面、手には杖と、こちらも非常にいかめしい格好です。

親鬼と若者が対峙する場面は、とても重々しくて緊迫感にあふれています。ところが、親鬼が「そうだっ[ひらめき]、この若者は姫の食い初めにしようっ」と思いつくあたりから、どうもほんわかしたファミリードラマな雰囲気になっていきます。

親鬼 「なぁなぁ、わし、姫がおるんやけど、わしに食われるのと姫に食われるのと、どっちがええ?」
若者 「どうせ食われるんやったら、姫に食われたいですっ。」(きっぱり)

↑ここのやりとり、バカウケでした(笑)。 ※念のためですが、科白は関西弁ではありません。

親鬼に呼び出されて、はにかみながら登場した姫鬼は、泰太郎。

黒頭に乙の面(おと:未婚の若い女性を表現する)、濃い青地に栄螺と網の文様が入った装束が、とてもキュート!!摺り足ではなく、ぴょんこ、ぴょんこと小さく飛び跳ねながら歩く姿もラブリ~[黒ハート]

見目麗しい若者をひと目見て、「な、なんて素敵な方なのっ!!あたし、あの方を食べるなんて出来ないっ!!」と身悶えしちゃう姫鬼に、「いやいや、そうじゃなくて」と軽く突っ込む親鬼も笑えます。お、親子コント?

若者はワキ柱(能舞台向かって上手の柱)に座って、姫鬼と対面します。脇正面から見ると、姫鬼の背中の向こうに若者の姿が正面に見えるわけですが、この時、座したまま姫鬼に向かって怜悧な一瞥をくれる則重@若者は、確かに、かなり格好良かったです。姫鬼に限らず、私も思わず身悶えしそうになりました(爆)。

恐るべし、白大口マジック。(そこなのか?)

でもって、やっと勝負へ。腕押しの場面でも、脛押しの場面でも、泰太郎@姫鬼が見事な回転技を見せます。これは正面から見たかった!!残念~。

勝負に負けてはすごすご[あせあせ(飛び散る汗)]と引き下がってくる姫鬼をなだめすかしながら、「こらー!!もうちょっと手加減せんか!![むかっ(怒り)]」と、若者を怒鳴りつける親鬼…普通に親バカです。

ついにしびれを切らしたパパ(親鬼)は、手下達に加勢させるという荒技(反則技)に出ます。ここで5匹の鬼が出てくるのですが、「ホイッ、ホイッ、ホイッ、ホイッ[るんるん]」となんともカワイイかけ声をかけながら登場。ちなみに、ここでいちばんキュートなかけ声だったのは、先頭に立つ則俊師です。…常にどんな役でも全力投球されている姿、本当に尊敬しますっっ。

ここで、若者V.S.チーム姫鬼の首引大会が開催!!若者と姫鬼が向き合って首にさらしの紐をかけ、引っ張り合う、という勝負。もちろん、姫鬼の背中には5人の鬼達がわらわらと一列に続いております。そして親鬼の音頭とともに、能舞台を所狭しと引っ張り合う大勝負が始まります。

子どもの遊び「電車ごっこ」のような形になって、ぐるぐるとうねりながら能舞台を動き回る一団。その周囲を駆け回り、飛びすさりながら、大きな声で音頭をとるのは、親鬼。

声を声を大きく張って、「ひけや~ひけや~鬼ど~も~」「精を~出して~鬼ど~も~」と音頭をとっていますが、時々さりげなく「姫は~肩が~弱い~ぞ~」と言いつつ、姫鬼に力を貸そうとしては若者に突き飛ばされている姿が、切ないながらも健気です(笑)。

則秀、ここが非常に素晴らしい出来でした。

勝負の間中ずーっと、能舞台を所狭しと駆け回り、扇を手に拍子と音頭をとり続けるのですが、これがかなり長い時間。それでも動きのキレとスピード感が最後まで失われず、スタミナ切れも起こさずにやりきったのは、お見事です。

面をつけていながら、声も最後までしっかり張れていて、爽快で気持ちの良い舞台でした。

それにしても、この1年の、若竹を思わせるような則秀さんの成長ぶりには、目を瞠るものがあります。かなり素質のある方なのでしょうね。

今年5月に国立能楽堂で開かれる「山本会 別会」では、山本東次郎家に伝わる秘曲『獅子聟』の披きが決まっています。どんな若々しい獅子舞を見せて下さるかと考えると、今からワクワクします。


小 舞

『景清』 
(若松)
まるで、『鎧』の失敗を取り返そうとするかのような、思い切りの良いダイナミックな舞でした。ひとつひとつの振りをビシッ、ビシッと決めていかれるので、武将の勇壮さ、潔さを思い起こさせ、とてもメリハリの効いた素敵な舞でした。胸のすくような爽やかさ。

『貝尽くし』 
(則重)
小舞4番は、『八句連歌』が終わって休憩後に続けて舞われたのですが、ちょうどお天気が悪くなってきて、能楽堂の中が昼間とは思えないくらいの薄暗さに…。照明の光を受けている能舞台だけがぼんやりと浮かび上がって、とても幽玄な空気に包まれました。

その中で舞った則重は、ひとつひとつキマリを「見せる」ことを習得しつつある様子。余韻が残るような決め方が身に付いてきました。

また、動きや身体の角度が照明の加減と絶妙に合っていて、とても素敵でした。

脇正面から舞台を拝見するのは、歌舞伎のお芝居などに例えると、「花外から七三を見ている」ような感じになります。スポットライトのまばゆい光の中に、七三で見得を切る千両役者の横顔がくっきりと浮かび上がる…。その神々しさ、美しさは、ちょっと言葉が見つからないほど。花外ならではの醍醐味です。

ちょうど似たような構図が、則重の舞に見ることができたのです。ぼんやりと浮き上がった能舞台の中、背中越しに見える則重の横顔がスポットライトに照らし出された時、その凛々しさと精悍な美しさに、あやうく惚れそうになりました(爆)。

則重の舞の端正さは勿論のこと、自然採光を取り入れている杉並の能舞台だからこそ生まれた一瞬でしょうね。杉並能楽堂ならではのマジックアワーを感じたひとときでした。

『鐘の音』 

(泰太郎)
全身に力強さがみなぎっていて、さすが若手筆頭!!と思わせる舞。

個人的には、この方が目付柱付近で見せる寂しげな眼差しに、いつも惹かれます。ゆくべき道を見失って途方にくれるような時もあれば、愛しい人を失ってその面影を追い求めるような時もあり…それでもしっかりと前を見据えて、ひたすらに一歩ずつ歩んでいく、と決意しているようでもあり。

泰太郎の舞には、人の心が惹きつけられずにはおれない、何か深いものを感じます。

『小原木』 

(東
次郎)
若手たちの舞が終わって、いったん切戸口から退出した後、再び編成を組んで能舞台へ出てきた一門。小舞の最後を締めるのは、当主の東次郎師です。

春浅い洛北の野を、薪を都へ売りに行く大原(小原)女の情景が謡われる中、東次郎師のやわらかなで優しい舞はまさに春風のよう。ふわあああ~…(春風満喫中)。

ひと足早い春を満喫したかのような、夢のような瞬間を過ごすことができました。いつまでも見ていたい、東次郎師の小舞…。



すべての番組が終わった後は、定番の東次郎師によるおはなし。解説だけではなく、本音もちょこちょこお話してくだるので、親近感倍増です。

この「青青会」、主演(シテ)は基本的にローテーションなのだそうですが(冬=則孝・則秀・遠藤、秋=泰太郎・則重・若松)、曲は個人の希望に添って番組立てをするのだそうです。

今回はジャンル(狂言は、シテの立場でジャンルが分かれています)が重ならないので良いかな、と思ったら道具類が重なっていたとか。言われてみれば、『鎧』と『八句連歌』では文が出てくるし、『鎧』と『首引』では面が出てきます。

「だから狂言立てとしては、ホントは良くないんです…えへ。」と照れ笑いをされながら打ち明ける、お茶目な東次郎師(笑)。

今回は面(おもて)を使った狂言が出たと言うことで、面に重点を置いて説明をしてくださいました。鬼の役をで着用する面、「武悪」を10種類ほど実際に取り出し、それぞれの特徴や作られた年代などを解説。中には600年以上前に作られたとされる面もあり、見所からは軽いどよめきが。

終演後、東次郎師は引っ込まれましたが、則孝・則重・則秀のお三方が能舞台に残り、面についての見所からの質問に答えて下さいました。

ある方が則重さんに、「同じ『武悪』でも、青色の面と赤色の面がありますが、違いは何なのですか?」と質問。

則重さんは、「これは僕個人の考えですけど」と前置きをなさった上で、「たぶん、青(の面)は、暗闇の中から浮き上がって出てくるような、闇の中から出現するような、そういうイメージを出したい時に使う、ということだと思うんですよ」と、お答えになっていました。

狂言方のお家の中では、芸に対する姿勢についてはもっとも厳しいらしい山本家。「40歳になるまでは、自分の芸について自分がとやかく言うべきではない。教えられたことを、教えられたとおりに出来るように、頭と身体にたたき込め」と戒められていると聞いたことがあります。

自分の芸についての言及ではないにしろ、装束や道具など狂言の側面についての考えを、若手の方がご自分の言葉で説明されるのを聞いたのは初めてでしたので、とても嬉しい驚きでした。

これからも、守るべきところは守りつつ、できるところから、若い方のお話をうかがえる機会が増えていくと良いですね。

がんばれ、山本家!!

そんな山本家、ホームページのアドレスが変更したようです。
大蔵流狂言 山本家

★参考文献★

狂言鑑賞二百一番

狂言鑑賞二百一番

  • 作者: 金子 直樹
  • 出版社/メーカー: 淡交社
  • 発売日: 2005/10
  • メディア: 単行本
実は、『八句連歌』の「にわとりも~」以降は聞き取れなかったので、コチラに掲載されていたのを引用しました。
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山本東次郎師インタビュー 読売新聞 「大人になった虫捕り少年」 [伝統芸能]

我がスター☆、大蔵流狂言方の山本東次郎師が、読売新聞で3回もわたってインタビューを受けられました。

インタビューのタイトルは、「大人になった虫捕り少年」。
む、虫?

実は東次郎師、能楽界では知らない人はいない、というほどの「チョウマニア」なのです。最近ではチョウを見かけるたびに、「東次郎先生、今日はお舞台かな~、何のお役をお務めなのかな~」と考えてしまうほど。

以下に記事リンクをはっておきました。東次郎師のマニアックな世界をのぞいてみたい方は、ぜひご覧下さい。タイトルをクリックしていただくと、記事にジャンプします。なお、記事本文より引用した文章は、青字にしてあります。



第1回 チョウが能舞台の英気を養う


東次郎師がチョウに心惹かれたきっかけや、これまでの(チョウ捕獲のためだけに行かれた)海外遠征の様子などを楽しそうにお話していらっしゃいます。昨夏の長期休養の事にもふれられておりますね。


実はこの時期、東次郎師はかなり長期間の休演が続き、「再起不能なんじゃないか」「半身不随になったらしい」と、様々な憶測と心配の声がありました。しかし、チョウを追いかけていったモンゴルでの出来事が原因だったのは、すでに能楽ファンの間では周知の事実となっております(苦笑)。

このときのお話を、昨年9月の青青会でお聞きしました。お話によると、帰国してからしばらくは何ともなかったそうです。ただ、お医者様には、「症状はすぐには出ない。この1ヶ月以内に、何か異変があるかもしれない」と言われていたのだとか。

そういうことで、7月の「雪薺の会」には元気にご出演。「狐塚」ではシテをお務めになり、バリバリに小唄まで披露しておられました。

このときは、「へへ~ん、どんなもんだいっ」(本人談)とか思われていたそうなのですが(と、東次郎師・・・>汗)、7月の終わり頃から、頭の中に靄がかかっているような症状が出始めたそうです。そして、8月から9月の初めくらいにかけての約1ヶ月半の休演となりました。(代演は、山本家の方々がフル稼働でお務めになりました)

昨年9月11日の「横浜狂言堂」で舞台を拝見した時には、心から安堵いたしましたよ~[もうやだ~(悲しい顔)]。今だからお話できることでしょうけれど、本当に、本当に気をつけてください、先生・・・。

それにしても、この記事・・・。「ときめき」だの「顔をあからめた」だの、やけに乙女ちっくワード満載なのが、東次郎師らしくて微笑ましい感じです。



第2回 観察、採集、標本作りに明け暮れる

なんと!!東次郎師、雑誌の表紙モデル(?)をお務めになった経験があるのですね!!

この回では、チョウ採集を本格的に始められた学生時代の頃のことをお話になっています。東次郎師の著書を拝見していると、時折登山の話などが出てくることがあるのですが、それもチョウ採集の一環だったのですね。

趣味が本業の狂言に与えた影響なども少しふれられています。師いわく、「装束のあわせ方に影響を受けている」と。

「例えばギフチョウが春に現れる姿を昔から人々は見ていたはずです。黄、黒、コバルト、赤という羽の配色を見て、色というものをどう組み合わせるかなどが染みついているはずです」。


山本家が出演している舞台では、装束のコーディネート(あわせ)は東次郎師がなさることが多いようです。師のコーディネートは風情を感じさせながらも大胆な、鮮やかでありながら繊細な印象を受けるのですが、この記事を読むとなるほど、という気がします。

他の狂言のお家に比べてストイックで質実剛健な味わいを持つのが特徴とされている山本家なのですが、装束は驚くほどモダンなデザインだったり、ため息が出るほど優美なデザインだったりするのです。

山本家の舞台を拝見するときは、いつも脇正面席をとることが多いのですが、そのほうが装束のデザインをじっくり拝見することができるからなのです。特に太郎冠者が着用する肩衣(かたぎぬ)は、背中の部分に意匠が凝らしてありますので、正面席からの鑑賞ですと、太郎冠者が横を向いてしまうと背中の意匠が見えなくなってしまうのです。

杉並能楽堂で観能中、太郎冠者や大名がくるりと横を向いたとき、脇正面で「ほぉぉう・・・[黒ハート]」とため息をついている怪しげな女子を目撃したら、それは絶対に私です(苦笑)。



第3回 おれにはチョウがあったなぁ

最終回では、急逝した先代の跡をお継ぎになった20代後半の頃に少しふれられています。若い頃、かなり苦労されたという事はチラリとうかがった事があったのですが、その理由が少し具体的に書かれています。

狂言の曲は200番、狂言方が能の演者の中に入って演ずる間(あい)狂言もそれに近い番があり、すべてを覚えなければならない。

「若造ですから、失敗すれば、あれは資格無しだ、と。自分のことだけでなく、その日に出演する他の人がやるところも全部、下調べして、把握しなければならない。立場上、『知らない』とは、言えないわけです。緊張した毎日でした」。


伝統芸能の世界で「後ろ盾がいない」という事の厳しさ、大変さが伝わってきます・・・。

山本家を守るために奔走し、趣味のチョウから遠ざかって十数年後。ある地方で行われた狂言の会でチョウと「再会」を果たし、それをきっかけにまたチョウ採集を始められたとのこと。

「ふと、心に浮かんだんです。おれにはチョウがあったなぁって。そう思うと、なんだか、無性に、うれしくなっちゃって」。

心のよりどころ、心の居場所があると言うことの大切さ。自分にはそれがある、と気付いたときの嬉しさ、心強さ。誰もが経験することではないでしょうか。

山本東次郎家の家訓は「乱れて盛んならんよりは、固く守りて滅びんことこそ本懐」。狂言を崩して現代に合わせるのでなく、本道を行ってそれでもだめならば仕様がないという意味で、東次郎さんの生き方の基本にもなっている。

山本家の家訓、ここでも登場。正統であること、本来の道から外れず真っ直ぐ歩むこと。基本でいて、実はいちばん難しいことです。でも、今の時代だからこそ、嘘やごまかしのない自分でいたいと、この言葉に触れるたびに思います。

そんなわけで、山本家の人々は能舞台ひとすじ→能楽界では信頼が篤い→しかしマスコミ露出が少ない(あるとしたらNHK教育テレビ『能楽鑑賞会』)→一般では知名度がなかなか上昇しない→知る人ぞ知る、みたいな存在になっております。

インタビューの最後に、自らのこれからについても言及されています。その言葉が、心に染みるようで・・・。

そう、人にもチョウにも、生きとし生けるものには必ず「限り」があるのですよね・・・。これからも出来る限り、東次郎師の、そして山本家の舞台を拝見していきたい、と心に強く思いました。



3回にわたるインタビュー。狂言の世界、チョウの世界だけではなく、東次郎師の新たな側面をちょびっと知ることが出来て、とても嬉しかったです。

あの深くて柔らかい微笑みの中には、積み重ねてきた苦労を乗り越え、揺るぎないものを身につけたからこそ得られたものなのでしょうね。

東次郎師・・・これからもついていきますっっ!!(最後はやっぱりファンレター化)

山本家については、コチラをご参照下さい。言うまでもなく、綺麗でありながらストイックなページです(笑)。
大蔵流狂言 山本家


以下、東次郎師の著書をご紹介します。この2冊↓がオススメです。

狂言のことだま

狂言のことだま

  • 作者: 山本 東次郎
  • 出版社/メーカー: 玉川大学出版部
  • 発売日: 2002/09
  • メディア: 単行本


中・高校生のための狂言入門 (平凡社ライブラリー―offシリーズ (530))

中・高校生のための狂言入門 (平凡社ライブラリー―offシリーズ (530))

  • 作者: 山本 東次郎
  • 出版社/メーカー: 平凡社
  • 発売日: 2005/02
  • メディア: 新書


東次郎師の心を奪ったチョウが飛んでいたのは・・・

杉並能楽堂


今でもお庭は健在です。


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第五回 若者能 おはなしとアフタートーク [伝統芸能]

終演後、観客に大鼓の体験をさせてくださる囃子方の大倉慶乃助さん。
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大鼓の皮は非常に硬いので素手で打つと本当に痛い、というお話をされた後、「ほら、今日も流血しちゃいました」と何気なくおっしゃり、観客の度肝を抜いている場面です(笑)。ちなみに、通常は指にカバーをはめて打つそうです。

「若者の、若者による、若者のための能」をコンセプトに開催された会。企画・運営は大学生を含む20代の若者、出演者も若手能楽師を中心にした配役です。公式ホームページは、コチラ

全体的に、非常によくまとまった会でした。解説や番組まで、「能を初めて観る若い人をターゲットに」というコンセプトが一貫しているのが良いです。

ここでは、演能前のおはなし&体験コーナー、終演後のアフタートークについてまとめておきます。



まずは、喜多流能楽師、塩津圭介さんによるおはなしと解説。昨春、東京学芸大学を卒業されたばかりの若手能楽師さんです。

「会も5回目で、お聞きになったことがある方も多いと思いますが」と、おことわりをしてから説明が始まりました。これが、実に簡潔で的確。すなわち、能は室町時代に誕生・発展した歌舞劇で、以下の3つのキーワードを大切にすれば良い、とのこと。

① 面(おもて)をつけて舞う
② 見るより感じる 
(プログラムを目で追いながら観るのではなく、舞台で起こっていることに集中する。装束やイケメン地謡チェックでも可)
③ 想像力をはたらかせる 
(舞台を観て、何を、どんな風に感じ取って想像してもらってもOK)

この3つのキーワードを心に刻んで観てください、との事でした。能を鑑賞するポイントを、ここまでスッキリと説明された方は、圭介さんが初めてです。

次に、体験コーナーへ。橋がかりから、笛、小鼓、大鼓(おおつづみ)、太鼓(たいこ)、それぞれの囃子方の4名の皆さんに続いて、ちょっと慣れない様子で若い方たちも4名が登場。観客の中から選ばれた体験者の皆さんです。

そのまま舞台に残っていた圭介さんが、それぞれの囃子方と対話しながら楽器の説明をした後、4人の体験者がマンツーマンで指導を受け、いざ、挑戦!!・・・しますが、なかなか良い音が出ないのはご愛敬。客席からも温かい微笑みがこぼれます。

体験コーナーに続いては、客席全体を巻き込んだワークショップ。客席を、正面席&中正面席チーム(小鼓)と、脇正面席チーム(大鼓)に分け、それぞれ小鼓の森貴史さんと大鼓の大倉慶乃助さんが、手を使って拍子とかけ声の練習をしてくださいます。

何度か練習した後、それぞれが練習した拍子を客席全体で挑戦してみるのです。小鼓と大鼓が実際に『船弁慶』で演奏する拍子のかけ合い実演してくださったのですね。これは面白かったです。

初心者を対象にした公演では、体験コーナーなど「扉」の部分がきちんと構成されているのが重要です。肝心の演能が楽しみになる気持ちを起こすものですからね。その点、「若者能」ではきちんとそのポイントをつかんでいます。

実際、休憩時間には、「能って初めてだったからドキドキだったけど、何かワクワクしてきた!!」と興奮気味に話す若い男性の姿を拝見しました。

そんな感じで始まった舞台の感想については、コチラで。



終演後のアフタートークには、塩津圭介さんと、大鼓の大倉慶乃助さんが登場。客席からの質問に応じてくださいました。お二方とも、ついさっきまで舞台をお勤めでしたのに・・・有り難いことです。

アフタートークで印象に残ったお話を、2つ紹介しておきます。

まず1つ目。『船弁慶』に出てくる義経役は、なぜ子役(子方)が勤めるのか。

伝説上、源義経は絶世の美男子であったとされています。しかし、「美男子」というイメージは、人によって千差万別。すでに顔かたちが完成している成人が義経を演じると、イメージが固定されてしまいます。

そこで、誰が見ても可愛いな~☆と思う存在-「子ども(子方)」に勤めさせるのです。観客は子方の演技を見て、「可愛い~☆」と思うと同時に、「この子が大人になったら、どれほどの美男子に成長するのかしら・・・☆」と想像することになります。

想像はひとりひとり自由なもの。観客は自由にその子方の未来の姿を想像することによって、子方の演じる義経は、観る者ひとりひとりのイメージに適った人物へと変化していきます。つまり、子方を通して自らの「想像」を楽しむことができるのです。

冒頭に出てきたキーワードのひとつ、「想像力」というのは、ここにつながってくるのですね。原則として「絶世の美男子」とされている人物や、限りなく身分の高い方(天子様など)の役は、子方が勤めるのだそうです。



2つ目は、「お囃子のリズム」についての質問。

西洋のクラシック音楽には拍子やリズムがあるが、お囃子にも拍子やリズムがあるのか。あるとすれば何通りあるのか」という質問が出ました。

「囃子にも拍子があるのか」って・・・、さっきワークショップで拍子とったやん・・・という突っ込みは勿論、自分の心の中におさめましたが(苦笑)、この質問に対する圭介さんの回答がこれまた明快で、感心しました。

「こ れは難解な質問で、明確なお答えはできませんが」とあらかじめおっしゃった後で、「乱暴な言い方ですが、西洋音楽は割り切ることのできる音楽です。まず先に拍子と理論があって、そこから生み出された音楽です。それに対してお囃子は、理論より以前から存在して、後から理論づけられて、割り切りが試みられてきた音楽なのです。ですから、お囃子にリズムはあるか、と聞かれれば答えは“YES”です。ですが、どれだけの種類が存在するのか、という質問には、すぐにはお答えできません」。

・・・この答えこそ、「明確な答え」だと思いました。理知だけでは割り切れない「間」こそが、日本の芸能の真髄です。そこには、どうしても理論だけでは見つけ出せないものがあるはずです。

実際に囃子方として大鼓を演奏される慶乃助さんも、「もちろん、拍子はあります。でもその拍子は楽譜ではなくて、囃子方の間で互いの呼吸をはかりながら、なので・・・難しいですね」とのことでした。

最後は、実際に先刻の舞台で使用された静御前の面(「万媚(まんび)」という名がついているそうです)を間近で見せてくださり、希望者には大鼓の体験をさせてくださいました。

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う~、暗い…

大鼓の手ほどきをなさっている様子をブログに掲載したいと思い、観客の方の顔が見えないアングルで撮影を試みていたら、なぜか慶乃助さんの真っ正面に入ってしまい、彼のポートレートを撮影するような形に。「いやいやいや…」と突っ込む笑顔が素敵な慶乃助さんでした(笑)。

それにしても慶乃助さん・・・個人的に、めっちゃストライクゾーンです(爆)。いやっ、もちろん演奏の良さも含めてですけどっ[あせあせ(飛び散る汗)]どの舞台でも、注目したい方がいると、どんどん面白くなっていくじゃないですかっ(言い訳)。これから、ちょっと注目&応援していこうっと~♪

コチラで、動く慶乃助さんを発見☆(笑)→文化デジタルライブラリー 能楽編その一
こちらでは、今回上演された「船弁慶」の、後半部分のお囃子を聴くこともできます。上のページに飛んだ後、「演奏」をクリックしてみてください。

学ぶこと、感じたこと、得たことの多い、「若者能」でした。
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