有川 浩 『図書館戦争』/『図書館内乱』 [Books]
- 作者: 有川 浩
- 出版社/メーカー: 角川書店(角川グループパブリッシング)
- 発売日: 2011/04/23
- メディア: 文庫
- 作者: 有川 浩
- 出版社/メーカー: 角川書店(角川グループパブリッシング)
- 発売日: 2011/04/23
- メディア: 文庫
最近、我が家には「有川文庫」なるものが開設されつつあります。テレビラックの下のスペースに有川浩さんの作品だけを並べて、読みたい時にすぐ取り出せるようにしています。
このシリーズは、『阪急電車』レビュー(→コチラ)や『海の底』レビュー(→コチラ)のコメントでご紹介いただいたのですが、今回、2冊が同時に文庫化されたとのことで、一緒に購入~。今後、8月までに全シリーズを文庫化していくそうです。5ヶ月連続リリースか!うわ、じたばたする!(笑)
* * *
時は正化31年(西暦2019年)、公序良俗を乱し人権を侵害する表現を取り締まる法律「メディア良化法」が施行された社会。強権的な検閲も容認されたこの法律を運用する「メディア良化委員会」と実行組織「良化特務機関(メディア良化隊)」によって、表現の自由・言論の自由に対する弾圧が激化する中、図書館はそれらの自由を遵守する唯一の機関でした。
メディア良化隊による容赦ない検閲や手段を選ばない武力行使に対抗して、図書館は自己防衛組織「図書隊」を設立。ここに、メディア良化隊と図書隊の間で、表現の自由をめぐる抗争が展開されることになります。
物語は、図書隊に防衛員(いわゆる戦闘要員)として採用された女性、笠原郁がその天性を見込まれて「図書特殊部隊(ライブラリー・タスクフォース)」に入隊するところから始まります。上司である堂上篤といがみ合いつつ、人並みはずれた運動能力とまっすぐな性格で、図書館を、表現の自由を守るべく、そして自分の恋も成就させるべく(?)奔走します。
* * *
実はこの2冊、先日の姫路~神戸出張に携行したのですが、行きの新幹線の中で『戦争』を、帰りの新幹線で『内乱』を読了してしまいました。とにかく続きが気になってどんどん読み進んでしまうというか、読み終わるまで止められないというか。相変わらず、有川さんの作品は読ませますね~。
『戦争』では、図書隊設立の背景や組織体制、メディア良化法成立やメディア良化隊と図書館による対立の歴史などがエピソードごとに説明されていきます。『内乱』では、主要キャラをよりフォーカスしたエピソードになるのと同時に、図書館自体が内部に抱える微妙な問題-派閥争いや権力争い、組織としての軋轢やしがらみ-などを浮き彫りにしていきます。
もともとこの小説は、有川さんが旦那様と図書館に行った時、旦那様が発見した「図書館の自由に関する宣言」にインスパイアされ、書き始めたのだそうです。
* * *
「図書館の自由に関する宣言」
日本図書館協会
1954年採択
1979年改訂
図書館は、基本的人権のひとつとして知る自由をもつ国民に、資料と施設を提供することをもっとも重要な任務とする。
この任務を果たすため、図書館は次のことを確認し実践する。
第1 図書館は資料収集の自由を有する
第2 図書館は資料提供の自由を有する
第3 図書館は利用者の秘密を守る
第4 図書館はすべての検閲に反対する
図書館の自由が侵されるとき、われわれは団結して、あくまで自由を守る。
詳しくはコチラ
→日本図書館協会「図書館の自由に関する宣言」
* * *
架空の法律によって言論と表現の自由が抑圧される、という架空の世界観の中で展開する物語ですが、有川作品の特徴でもある綿密な取材に裏打ちされた背景設定や組織設定(国家組織であるメディア良化隊に対抗するため、図書館は広域地方行政組織としての性質を維持している、等)がその対立構図や図書隊の組織体制にリアリティを生み出していて、「ありえなくはないかも」という感じで読むことができます。
もちろん、こんな世界、実際にあるわけないでしょー、と思いつつ読むのが楽しいわけですが、そういう歴史が実際に存在したことを思い出し、そして社会全体が「寛容ではない」方向に流れている今、あながちフィクションと言い切る事もできないな、とふと思った時、ちょっと背筋が冷たくなりました。
軽妙な語り口の中にも、社会が背負う「影」や「闇」の部分をちくりと暗示させるところ、やっぱり有川さんはさすがなぁと思います。
有川作品いちばんの魅力は、やっぱり人物設定!
本作品でも、ヒロイン・郁や堂上をはじめ、図書特殊部隊の隊長である玄田、堂上の同期である小牧、郁の同期である手塚や柴崎、雑誌記者で玄田と親しい折口、そして図書隊設立に尽力した関東図書基地司令の稲嶺・・・どの登場人物も、ひとクセもふたクセもありながら、親しみやすくて憎めないキャラクターばかり。
有川作品の人物設定は、どの作品にも共通して言えますが、「男は男らしく、女は女らしくあってほしい」、そして「大人は、大人としての役割をしっかり果たしてほしい」というメッセージが一貫しているのが素敵だと思います。
個別に性格の違いや難点はあるものの(笑)、男性キャラはカッコ良く、女性キャラは可愛らしく、大人としての役割をしっかり考えて行動している。そして、それがとても自然なのです。
特に男性キャラに関しては、それぞれの性格にきちっと合わせた上で、読者の願望を裏切ることなく、「この場面なら、小牧にはこう言って欲しい、堂上にはこう行動して欲しい」という言動をサラリとやってのけるんですよ。いや~、たまりません(笑)。
もちろん、ヒロイン・郁の愚直なまでのまっすぐさや素直さ、柴崎の冷静さや回転の速さは、女性としてとても憧れるところです。「あんたたちあたしの逆鱗に触れたのよ」(『内乱』より)という柴崎の台詞、カッコイイ!!
そして、激闘や抗争の合間にしっかり繰り広げられる、チョコレートよりも甘い恋模様。作者いわく「ベタ甘」なんですけれども、もう劇的に甘いです(笑)。甘いというか恥ずかしいというか赤面というか。
これが地雷のように突然やってくるもんだから、大変です。緊迫感あふれる場面にハラハラしながら読み進んでいたら、突然ベタ甘な会話が投下されて、「うぉっ、そうきたかっ!!」と、ひとりのけぞっては悶絶することもしばしば(笑)。
特に、それを無自覚・無意識にやってしまっている堂上教官!めちゃくちゃ恥ずかしいです!!でもそんな堂上教官が大好きです!!(笑)
そんなわけで、8月まで毎月、文庫化が予定されている本シリーズ。次作がすっかり待ち遠しい今日この頃です。
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↓コチラは、『図書館内乱』のエピソードから執筆されたスピンアウト作品。恋する甘さと苦さが、絶妙にブレンドされています。
Hanako 2011年1/13号 [Books]
そんなとろりんのテンションが上がったのが、Hanako (ハナコ) 2011年 1/13号 [雑誌]。なんとここで、蘭嵐のツーショットが実現したんですよ~!
ほらっ☆
阿部了(写真)・阿部直美(文) 『おべんとうの時間』 [Books]
中でもいちばん楽しみにしているコーナーが、「おべんとうの時間」です。機内誌を手に取る時、「今月は、どんな特集かな?」ではなく「今月は、どんなお弁当かな?」と思ってしまうほど、いつもワクワクしてページをめくります。
「おべんとうの時間」は、日本各地で様々な職業に従事する人と、その日のお弁当の中身を紹介する、というシンプルなコーナー。その人の立ち姿とお弁当の写真、そしてその人自身へのインタビューで構成されています。
職業も、幼稚園児からサラリーマン、役場の職員、海女、猿回し、太鼓奏者、茅葺職人、船頭、高校生、おばあちゃんなど、年齢も仕事も多種多彩。もちろん、それぞのお弁当もまったく異なる個性が光るものばかりです。玉子焼きは永遠の定番ですね。
インタビューも聞き書きのような構成。話し方や方言などがそのまま掲載されているので、その方の人となりが伝わってくるような温かい文章になっています。
どのお弁当も美味しそう!お弁当ひとつひとつにその人の人柄、作った人の愛情の深さがにじみ出ていますし、眺めているだけでじんわり幸せな気分になります。他の人のお弁当を見るって、どうしてこんなにドキドキ☆ワクワクしちゃうんでしょうね~。
食べることは生きることなんだなぁ、としみじみ感じる1冊。
素敵なお弁当との出会いを楽しみに、今日も飛行機に乗るワタクシでした☆
ではでは、ふたたび宮崎へ飛び立ちま~す!
有川浩 『海の底』 [Books]
うららかな春の日、桜祭りでにぎわう米軍横須賀基地。ところが突然、一帯は悲鳴と混乱の極致に陥ります。突然、海中から人間よりも遥かに大きな巨大甲殻類(ザリガニ系)の大群が上陸し、人々を捕食しはじめたのです。基地内の湾に停泊中の潜水艦「きりしお」に乗艦していた冬原と夏木は惨事に巻き込まれた子どもたち13名を救出し、「きりしお」艦内に立てこもります―。
・・・怖い、怖すぎる・・・(涙目)。でも、読み物としてはとても面白いです。
自衛隊や国防関係で働く人々やその周囲の恋模様を描いた『クジラの彼』を読み終えた後、「自衛隊三部作」も俄然読みたくなりました。
で、本屋さんで『海の底』と『空の中』を見つけて、どちらを買おうかと最初にパラパラと『海の底』を読んだ後、「こ、これ、無理っす…」と戻して『空の中』を選んだのでした(苦笑)。でも『空の中』を読んだら、やっぱり『海の底』も読みたくなってしまったという…(術中にハマりやすい)。
だってだって、ただでさえ設定が恐ろしすぎるじゃありませんか!最大3メートルにもなろうかという巨大ザリガニが湾内も横須賀沿岸も真っ赤に染めるほどの勢いで襲来して、ヒトを、人間を生きたまま捕まえては「食べる」んですよ。ものすごい恐怖です。
けれど、この小説の本質はそこにあるんではなく、その非常事態に関わることにならざらるをえなくなった人々の心情を丁寧に書き込んだところにあります。
巨大ザリガニが取り囲む潜水艦という極限の事態に追い込まれた大人と子ども、そして子ども同士のぶつかり合い、警察庁と防衛省の上層部内での駆け引き(そこには、防衛省と在日米軍の攻防も潜んでいます)、状況を打破するために現場を指揮する現地対策本部、おびただしい数の巨大ザリガニと壮絶な戦いを強いられる現地機動隊、その任務を見守ることしかできない自衛隊員…「未曾有の危機」を核として、様々な人間が様々な立場から立ち向かう様子にあります。
特に、「自衛隊を出動させる」という目的のために、警察庁が決定した作戦を機動隊が遂行するくだりは心を揺り動かされます。
対策本部から機動隊へ出された指令は、かなり屈辱的なもの。しかし、「自衛隊に繋げる」ために決死の覚悟で甲殻類に立ち向かう機動隊。任務の結果が屈辱的、かつ絶望的なものであっても、与えられた任務を全うすることにプライドをかけます。そのプライドを尊重し、自らの出番が呼ばれるまで見守り続ける自衛隊員。
それぞれの思いを抱いて、それぞれの責任で任務を果たす大人たち。有川浩の描く「大人」たちは、どこまでもカッコよくて、どこまでも潔くて、どこまでも「大人」です。
『海の底』と『空の中』には未成年の少年少女が物語の一翼を担っていきます。
未曾有の非常事態が発生する→鼻持ちならない子ども(苦笑)が登場して引っかき回す→でも、そんな子どもにも事情はある→「大人たち」の言動をきっかけに、少しずつ心の変化が現れる、というお決まりパターンの中で、その子ども特有の危うさと痛さが、大人たちの深い味わいと絶妙のバランスを醸し出します。
そんな複雑な子どもたち13人を引き受けるのが、海上自衛隊若手幹部の冬原と夏木。それぞれ持ち前の非常毒舌(冬)と直情言動(夏)で子どもたちを黙らせていきます。このコンビ、最強ですよ~!
最初こそ不満を募らせていた子どもたちにも、やがて心情の変化が現れます。それもやはり冬原と夏木が子どもたちに必要以上に迎合せず、馴れ合わず、それでいてきちんと子どもたち1人1人に正面から向き合い、目と心を配っているからこそだと思います。
こんな大人になりたい!と心から思わせる魅力的な登場人物が数多く登場する一冊です。
有川浩 『空の中』 [Books]
次に読んだのが、『阪急-』のほのぼのした世界観とは正反対でありながら、どこか同じような空気も随所に感じさせる、一級のSF小説です。
200X年、四国上空。高度2万メートルの空域で、謎の航空機爆発炎上事故が連続して発生します。事故調査委員会から派遣された春名高巳(はるなたかみ)は、事故の唯一の生存者である航空自衛隊所属の女性パイロット、武田光稀(たけだみき)に接触します。
生存者として必要以上に執拗かつ厳しい調査を受けた光稀は最初、「あの事故についてはもう話したくない」と頑なに高巳を拒絶します。しかし、軽いように見えながら誠実で真摯な高巳の姿勢に、光稀は次第に心を開き、事故現場-高度2万メートル空域-へ彼を連れて行くことを決意します。「ただ-信じろ。」と高巳に約束をさせて。
そして、まさに事故の起きた現場で、光稀と高巳が発見した「秘密」とは・・・?
一方、高知に住む少年、斉木瞬は父親の死を知らされていました。高度2万メートルの空の中で絶命した父親。そんな瞬は、海岸で不思議なものを発見し、幼馴染の佳江とともに自宅へ持ち帰ります。少年と少女が拾った「秘密」とは-?
大人たちが発見した「秘密」と、少年たちが拾った「秘密」。ふたつの「秘密」が明らかになった時、日本は未曾有の大混乱に陥ります・・・。
いやあぁぁぁ。超おもしろかった!!
この小説は熊本空港の本屋さんで購入し、羽田へ戻る飛行機の中で読み始めました。
「航空機の中で、航空機事故から始まる小説を読むなんて、若干ブラックですなぁ(微笑)」と自嘲するのもつかの間、あまりの面白さに夢中になってしまい、羽田空港から自宅へ帰る道中も、帰宅後も一心不乱に読み続けて、結局、ひと晩で読み切ってしまいました。
まず、発想がユニークで、描写が綿密かつリアル。そしてテンポ良く進む有川節全開の文章。まるで、目の前で事件が起きて、それが進行しているような錯覚を受けます。明日、本当にこうなったらどうしよう・・・らんとむコン千秋楽なのに・・・とか、真剣に考えちゃいました(←感受性豊かなうお座)。
本書を構成する縦軸がSF小説としての緻密さであるとすれば、横軸はヒューマン小説としての温かい視点、でしょうか。、メインはもちろん、脇役にいたるまで全ての登場人物に人間性があり、個性があって、ひとクセありつつも愛すべき人物として描かれています。
読み進めていくと、それぞれの登場人物の持つ「心の痛み」がまるで自分の痛みであるかのように迫ってきます。
「残された者」として、彼等・彼女たちがとる行動は本当にそれぞれなのですが、心に楔を打ち込まれたような痛みと重さを抱えるのは誰も同じ。それでも必死で進もうとする姿は痛々しくて、読むのが辛くなるほどです。
そして、彼等・彼女たちの抱える辛さ、苦しみが少しでも和らぎ、開放されることを期待して、ページをめくる手は止められないのです。
大人がきちんと大人であり、子どもと正面から向き合い、諭し、導いていくさまを通じて、「人間が人間として生きることの意味」を、作者は見事に示唆しています。
特に、いつもは飄々としている風にしか見えない高巳の「大人ぶり」にはシビレますし、瞬の育て親代わりでもあった「宮じい」の言葉には人生と経験を積み重ねてきた者でしか得られない深みがあります。
物語のクライマックス、呼吸するのも忘れてしまいそうなギリギリの緊迫感の中で、宮じいが静かに語り出すあの言葉の数々は、瞬でなくとも、思わずうなだれてしまうくらいの説得力です(あ、ちょっとネタばれ)。
この言葉の数々は、子どもだけではなく、むしろ大人たちにかみ締めてもらいたいですね。
***
高巳と光稀の「その後」については、コチラでお楽しみください♪さらに磨きがかかった高巳の大人ぶりはもちろん、超カッコかわいい光稀さんにメロメロです☆
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南部峯希 『花ぞしるべなる~伝統文化を子どもたちへ~』 [Books]
一般書店では取り扱っていないらしいのですが、とても心に浸みる素晴らしい本です。
本のタイトルは、能『鞍馬天狗』の詞章の一節。「この深い山中では花こそが道しるべであるよ」という意味があるそうです。(本書もくじより)
約30年以上にわたって「能楽教室」「子どものための日本文化教室」を主催し、能楽を通じた伝統文化を子どもたちに伝える活動を続け、平成18年に卵巣癌によってこの世を去った伝統芸術振興会設立者、南部峯希(なんぶみき)さんが生前に遺した原稿を再構成して出版された本です。
「とろりんさんのお仕事の参考になるかも知れないから・・・」といただき、読み始めたのですが、この本はむしろ、小さい子どもをもつ全てのお母さんに、ぜひとも読んで欲しいと思いました。
前半は南部さんの半生がまとめられ、後半では南部さんがその生涯を賭けた「日本文化教室」の内容やエピソードを、実際に講師を勤められた伝統芸能の職人や専門家が語っています。
とても感銘を受けたのは、南部さん自身の成長の過程が綴られた前半。主に母親と祖母が自分に為してくれたことについて語られているのですが、それが、今の教育の問題点や課題へ直結しているように思えるのです。
近年、教室に来る子どもたちを見ていて感じるのは、子どもの育て方に自信を持てない母親が増えているのではないかということです。どのお母さんも教育に熱心で、子どもの将来についても高い理想を持っています。しかし、実際には学校だのみ、塾だのみで、いい学校に子どもを入れるために連れ回すだけ、自分できちんと育てようという努力の足りない母親が増えているように思えます。
(はじめに)
伝統文化を子どもたちへ伝えたい、という思いで活動を始めた著者。しかし、本を読み進めていくと、「伝統文化」というのは古典芸能だけではなく、かつての日本人が当たり前にそなえていて、そして実践していた「毎日の教え」の中にも息づいてきたのだという事に気付かされます。
自身の子ども時代の思い出や母親・祖母とのエピソードを織り交ぜながら書かれている事は、人として当たり前だと、基本的だと感じること。
「なんでもありがたいという気持ちをもつこと」
「あいさつはきちんと」
「他者との関わりの中で辛抱を覚えていく」
「相手への思いやり、礼節をもつこと」・・・・・・。
これらのことは、学校に上がる前に、家庭で親が子どもたちに伝えていくものだと著者は言います。
・「学校に入る前に、他人の手に委ねる前に、人間として生きていくための基本的なことを身につけてあげられるのは、子どものいちばん近くにいる人しかいません。
(第5章「子どもの育て方に自信を持てない母親たち」)
・幼稚園や学校で、何でも教えてくれると思い込んでいるお母さんが多いようです。(中略)しかし親がいちばんやらなくてはいけないのは、子どもの一生が幸せであるように、「自分の手で子どもに伝える」ことだと思います。
(第5章「自分の手で育てて欲しい」)
・読み聞かせというのがいまははやっていますが、本の読み聞かせはお母さん以外でもできます。けれども、言い聞かせは親にしかできません。子どもの幸せを、いちばん願っているのは親だからです。
(同上)
現代はインターネットやマスメディアの普及で情報があふれすぎていて、逆に何を信じたら良いのか判断に迷うことが多いのかもしれません。その結果、自分の行為が正しいのかどうか、自信が持てないお母さんたちが増えているのかもしれませんね。
後半の能楽教室や日本文化教室のレポートでは、いかに講師と子どもたちが真剣勝負で古典芸術に向き合うのか、そのための南部さんのこだわり、準備がどれだけ周到なものであるかが伝わってきます。
能楽堂で子どもたちに能を鑑賞してもらう「能楽教室」では、保護者が同席することなく、子どもが一人で能を鑑賞。そのために、事前に行われる学習では、能楽への興味や好奇心をふくらませる説明だけではなく、能楽堂でのマナーなどもきちんと教えているのだそうです。
伝統に触れるのは、あらゆる感覚の成長期にあたる幼児のうちから始めるのはいちばんです。小さな時に本物の芸術に触れた記憶は、大人になってもどこかに残っているはずです。理解できるかできないかは問題ではありません。
(第6章「伝統の文化を教えるということ」)
子どもと「一人前の人間」として向き合うこと。『狂言を継ぐ 山本東次郎家の教え』でも感じましたが、伝統の世界ではこの意識が当たり前のものとして一貫して存在していて、だからこそ崩れず、あるべき姿で現代に伝わってきているのだと実感しました。
未来の宝である子どもたちに、日本人として、何を、どう伝えていくのか…すべての大人に読んでほしい一冊です。
この本は、(財)伝統芸術振興会のみの取扱いです。興味のある方は、ぜひコチラから。
→伝統芸術振興会ホームページ
橋口いくよ 『僕は妹に恋をする』 [Books]
有川 浩 『阪急電車』 [Books]
(「西宮北口駅」)
読み終えた時、こんな素敵な小説を書いてくださった有川さん、そして今津線を開業してくれた阪急電車に心から「ありがとう」と伝えたくなってしまいました。
阪急宝塚駅と西宮北口駅を経て今津駅を結ぶ、阪急今津線。この小説では、宝塚駅~西宮北口駅までの8駅を走る阪急電車の車両を舞台に、その車内に乗り合わせた数人のささやかな出会いと交流を、温かく、優しく描きます。
前半は、宝塚駅から西宮北口へ向かう電車の中での出会い。ひとつの出会いが次の出会いを生み、どんどん新しい物語が生まれていきます。
いつも宝塚中央図書館で見かける女性・ユキと、宝塚駅から宝塚南口に向かう途中の武庫川であるものを発見する征志。宝塚ホテルの最寄り駅・宝塚南口から、純白のドレスで乗車する翔子。孫娘と一緒に逆瀬川から乗り、翔子に声をかける時江…。1駅(1話)ごとに新たな人物がさりげなく登場し、その人物が次の駅(話)で主人公になって新たな物語を紡いでいくという手法は、テンポが良くてどんどん読み進めてしまいます。
「そして、折り返し。」という言葉とともに始まる後半では、その通り西宮北口から宝塚へ向かう電車の中で、前半に登場した登場人物のその後が、これまたテンポよく、そして知らないうちに心のふれあいを重ねながら展開されていきます。
登場人物も小学生から女子高生、大学生、キャリアウーマン、会社員、老婦人と幅広く、魅力的。それぞれの年代相応の悩みを抱えつつ、それでも明るい未来に向かって、着実に一歩を踏み出そうとするところで、次のお話にバトンタッチするのも良いですね。物語のスタートを切る征志とユキが大トリを務める、という構成にはついついニンマリ。
いつもは何気なく乗っている電車には、乗っている人数分だけの人生や生き方を乗せているんだなぁ、としみじみ実感する一冊。読み終わった後は、ほのぼのとした幸福感に包まれます。
***
学生時代は阪急電車に毎日のように乗っておりました。今津線もヘビーユーザーでしたから、読みながら懐かしい気持ちでいっぱいでした。特に宝塚観劇に行く時は、絶対に阪急電車でした☆
今津線は住宅街や沿線に学校がたくさんある区域を走っているからか、和やかでゆったりとした時間が流れているように思います。(仁川駅には阪神競馬場がありますので、レースのある日はちょっと雰囲気が変わりますけれどね)
阪急電車で宝塚へ行くには2通りあって、ひとつは十三(じゅうそう)駅で宝塚線に乗り換える方法。そしてもうひとつは、十三から神戸線で西宮北口まで乗り、そこで今津線に乗り換えて宝塚まで行く方法があります。
今津線で宝塚へ向かうと、宝塚大劇場の真横をかすめて、宝塚ファミリーランド(現在は宝塚ガーデンフィールズ)の中を通り抜けて行くので、宝塚大劇場へ行く時はいつもこちらの方法で宝塚へ行っていました。
征志とユキのエピソードで、清荒神駅(こちらは宝塚線にある駅)のすぐ前にある宝塚中央図書館が登場するのですが、ここも懐かしいなぁ~!
学生当時、宝塚歌劇はだいたい当日券で観劇していました。宝塚大劇場の当日券はいつも10時頃に発売開始されるんですね。13:00開演の部を観劇することが多かったので、10時過ぎに当日券を手に入れた後は、2時間あまり時間が空きます。学校お往復するにはちょっと大変だったので、開場時間までは宝塚中央図書館で勉強したり、本を読んだり、お天気が良い時は清荒神までお参りに行ったり、ゆるりとした時間を過ごしていました。(今思えば、人生でいちばんゆったりした時期でしたねぇ…>遠い目)
阪急電車が、今津線が、そして電車に乗る人すべてが愛しくなってしまうような小説です。来年、映画化されるそうです!タカラジェンヌも、ちょこっと出演するとか♪
→中谷美紀、映画「阪急電車」に主演…戸田恵梨香と共演-スポーツ報知
今津線、また乗りたいな~☆有川さん、素敵な小説を書いてくれて、ありがとうございました!
そんな有川さんの小説が、10月からフジテレビでドラマ化されるとか。主演は、嵐・二宮和也くん☆
→引きこもりのダメ男役…嵐・二宮 香里奈と初共演-Yahoo!ニュース
原田香織 『狂言を継ぐ 山本東次郎家の教え』 [Books]
- 作者: 原田 香織
- 出版社/メーカー: 三省堂
- 発売日: 2010/05/26
- メディア: 単行本
大蔵流狂言方、山本東次郎師のインタビューを中心に、狂言という「芸」を継ぐこと、そして山本東次郎家という「家」を継ぐということについてまとめられています。
初代から現在まで4代にわたる山本東次郎家の歴史、そして杉並能楽堂の歴史を肌で感じることのできる、得がたい記録です。
特に、当代の東次郎師ご自身がどのようなお稽古を受けられたのか、きちんと読むのは初めて。どのように「山本家の狂言」という芸を継いできたのか、その半生が浮かび上がります。
それはまさに、壮絶。戦時中、空襲で爆音が鳴り響き、地面が揺れる中でも続けられたお稽古。鼻血を出しながらも止められなかったお稽古…。「装束は真心をこめて扱わなくてはいけない。袴一枚たたむのも、全身全霊でたため」との厳しく戒められたこと…息を呑むような、壮絶な時の繰り返しだったことが想像されます。
東次郎師のお父様・三世山本東次郎は、二世とは血縁がありません。内弟子として入門し、その実力と器を認められて、三世を継ぎました。ですから三世は、その分だけ「山本家の狂言」を教え受け継いでいかなくては、という責任感を強く意識していたのでしょう。
それほどまでに厳しい稽古で、精神的に抑圧されておかしくなったりしないものなのか、という筆者の問いに、東次郎師はこうお答えになります。
父は大変なスパルタ教育です。でもいじめのような陰湿さはない。信念と愛情がありますでしょ。それで精神がおかしくなるということはない。そんなひ弱なものではないし、こちらも甘い気持ちで臨んでいません。それはやっぱり伝えたいという父の一徹さが身に迫り、受け取る側にもそれが乗り移って、まさに真剣勝負だからです。こうしたことが出来たのも舞台を家のなかに持っていたからでしょう。
(中略)やっぱりこの舞台というものが大事なんです。そこで育った僕らは、ときに悩みはするけれど、この舞台のあたたかさに救われて、おかしくなるということはありません。
(73~74ページ)
少々、愚問ともとれる質問ですが、きっちりとお答えになる東次郎師の言葉に、すとんと胸に落ちました。
「しつけ」と称した子どもへの行き過ぎた行為が問題となり、むしろ友達に近い感覚しかないように見える親子の姿に首をかしげることも少なくない現代。親子の関係というのは、理不尽に厳しいものではなく、過剰に馴れ馴れしいものでもなく、伝える側にも受け取る側にも真摯な姿勢があって初めて意義があり、成立するものなのですね。
そして、何かひとつでも「居場所」をつくり、その存在を認めてあげること。東次郎師にとって能舞台、そして蝶がそうであったように、「自分にはこれがある」と強く感じさせてくれるもの。そういったぶれない「何か」を持つことの大切さ、持たせてやることの責任。「親」と「子」は、どんな時でも真剣に向き合うことが一番なのでしょうね…。
質実剛健とされる山本家の中でも、春風のような柔らかさとある種の自由な空気感で私たちを魅了する東次郎師。それは、気が遠くなるほど無数に繰り返された稽古の中で、徹底的に科白と身体の動きをたたき込まれたからこそにじみ出るものなのだと感じました。
「芸を継ぐ」ということはもちろん、「親と子」の関係についても深く考えさせられる1冊です。
狂言の演目や、狂言の歴史についての解説は、『中・高生のための狂言入門』にわかりやすく、深く掘り下げられていますので、こちらをオススメします。
中・高校生のための狂言入門 (平凡社ライブラリー―offシリーズ (530))
- 作者: 山本 東次郎
- 出版社/メーカー: 平凡社
- 発売日: 2005/02
- メディア: 新書
Casa BRUTUS 2010年9月号 [Books]
Casa BRUTUS (カーサ・ブルータス) 2010年 09月号 [雑誌]
- 作者:
- 出版社/メーカー: マガジンハウス
- 発売日: 2010/08/10
- メディア: 雑誌
特集は、先月から10月まで、約3ヶ月間にわたって開催されている「瀬戸内国際芸術祭」のレポート。
瀬戸内国際芸術祭というのは、直島、豊島、女木島、男木島、犬島などを中心に、瀬戸内海に浮かぶ小さな島々を新しいアートの発信地とするべく開催されているアートイベントです。(詳細についてはコチラをクリック)
このような、土地の文化や歴史を活用しつつ、新しいアートを発信したりまちづくりを推進していく動きには、個人的に関心がありまして。そのひとつの結実である瀬戸内国際芸術祭にもちょこっとだけ興味がありました。
本誌を読んでみて、あらためてこの自由で壮大なアートイベントに興味が涌いてきました。特に、かつて銅の精錬所であった建物の遺構をアートスペースとして活用している犬島には、いつか行ってみたいなぁ。
翔さんも現地を訪れ、様々なアートを身体全体で鑑賞しています。(この特集記事と言い、「ニュースZERO」のキャスターとしての姿勢と言い、こうやって、興味を示したことや提示された話題について、許される限り自分の足で歩き、自分の目で見つめて、自分の感覚で体験したいという翔さんの意識の高さには、本当に感心します。)
この特集の他にも、世界の美術館最新情報が満載。日本人建築家が設計に参加したことで話題になった、フランスのポンピドゥー・センター・メス(コチラをクリック)も大きく取り上げられていますよ~。
もちろん、日本の美術館情報についても情報が載っています。個人的に面白かったのは、東京でオススメの美術館ランキング。有元利夫展を開催中の東京都庭園美術館も、見事にランクイン。気になるナンバーワンは…!?それは、本誌をご覧になってのお楽しみ~☆
まだ発売されたばかりですので、ネタバレにはならないよう極力気をつけました(苦笑)。美術館も、アートも進化していってるんだなぁ、と実感できる最新号です。